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兄夫婦のところへ、パパのお土産を持って帰国報告に行きました。
奥さんと仲良く暮らしてるようで何より。
兄とはいまだに絶縁状態の実家の母からは、いつもの愚痴を聞かされたけど、それも想定内。
母はいまでも、
「長男のくせに」
「年老いた親に対して」
と、正論を並べます。
最近はそこに「長男の嫁」が加わりました。
さえない中年男のためにはるばるこんな田舎まで嫁いでくれた女の子はいてくれるだけでどんなに尊いか、全力で説得していますが、その場では納得しても老いてカチコチになった頭はすぐに忘れてしまいます。
一時が万事、世間的にこうあるべきという規範に従って生きてきた母らしい。
兄やわたしがどういう人間かなんてことは、死ぬまで二の次なのです、おそらく。
自分が受験生の親になって、改めて、母と兄の確執はこれが発端だろうと感じています。
兄の受験。
最初は中学受験でした。
母は地域の名門校へ入れたがったけれど、反権威主義(笑)の兄は猛反発しました。
母は、これ以上続けたら親子関係が崩壊すると恐れてあきらめました。
公立王国ですから、高校受験で挽回できると思ったのかもしれません。
平和は保たれました。
ところが高校で兄は、社会運動にのめり込みます。
この時代にゲバかよ
後輩のわたしはあきれて見てました。
学校の先生からは「現役で合格は無理」と太鼓判?を押されました。
保護者面談で何度も勧告されたそう。
入試が近づいた頃、突然、
「保父になる」
と言い出しました。
わたしは『めぞん一刻』の影響だと知っていました
両親はびっくり仰天!!
母はパニクって、言ってはいけない一言を放ってしまいます。
「そんなものになられたら困る!!」
兄が忌み嫌う、親のエゴ丸出しの言葉でした。
それでも兄は親に歩み寄りました。
浪人して医師を目指すと言ったのです。
たぶんなれたと思います。
思想はあれなんですけど、IQは高い人なので。
ここで母は生涯最大の過ちを犯します。
たぶん兄の受験に疲れ果てていたのでしょう。
それはわたしにも容易に想像できる。
そんな母を父が見かねたのかもしれません。
兄への返事は、
「どうせお兄ちゃんには無理」
兄は大人しく地元の私大へ進みました。
ただし卒業と同時に別の大学を受け直し、東京へ去りました。
学費は自分で稼いだ模様。
その後も、親と兄の価値観は衝突を繰り返します。
どうしてもどうしても、母は世間がいうような「自慢の息子」以外は認めることができませんでした。
そして、これまた突然、兄は実家と絶縁してしまうのです。
母は今も兄のことが理解できないと言います。
こんなにわかりやすい人をなぜ理解できないのか、わたしには不思議です。
わたしたち兄妹は母の望みを察知することができました。
兄は反発して、わたしは叶えてあげただけ。
母は、わたしたちにも望みがあるなんて、気にもしなかったんですかね。
母なりの理想の母像をまじめにこなしたことはわかるのですが。
そういえば兄が音信不通になったころ、さすがの母も過去の親子関係を振り返ったことがありました。
「あやめが言ったんやー
どうせ浪人しても勉強せんわって
だからお兄ちゃんに浪人させんかったんやー」
と、何度も言われたっけ。
はぁ?
わたしのせいなわけ?
とすごんだら止まりましたが。
母は、また失言によって子どもを失ったかも。
わたしは表面上「自慢の娘」でいてあげますけどね。