先日、海外から遊びに来た友人と食事をしたのだが、その席には私が会ったことのないその友人の友人もいた。

その方は中国出身の男性だったが、日本人のように日本語を操り、非常に聡明で素晴らしい方だった。

共通の友人もいるので、今後も何かしらの繋がりができそうな感じではある。

国籍を超えた、人間同士の友情がそこにはあった。

その場にいた私たちは、誰も自分が日本人、イギリス人、中国人などということも、逆に相手がどこの国の人かということも意識していなかった。

人との繋がりというのは、そういうものだと思う。

だから、尖閣諸島問題や反日デモの様子など、ニュースを通してしか中国や中国人を知ることができない環境には危うさを感じずにはいられない。

外国人が日本の政治家を見て、「ああいうのが日本人なのね」と思ったり、政府や東電の隠蔽体質を見て、「やっぱり日本人だね」と思われたり言われたりしたら、同じにしないでと思うのは私だけではないだろう。

国同士が問題を抱えている時は特に草の根レベルの交流が大切になってくるようだ。