夫はフランス人、膵臓癌になりました (ワイン畑の中の3人家族) -34ページ目

夫はフランス人、膵臓癌になりました (ワイン畑の中の3人家族)

フランスで出会い、嫁ぎ、娘が生まれて7か月、夫が膵臓癌になり、2020年4月に旅立ちました。闘病の記録として始めましたが、その後の日々の生活や想いも綴っていこうと思います。

午前3時半、

何故か起きました。

 

そしてかすかに車の扉の音がする。

もしかして、と思って夫の携帯を見ると

(夫の携帯を持ち帰ったのです、予感がして。)

ワイン畑にある温度計の装置からの自動着信と温度を知らせるショートメールが沢山。

夫の為にサイレントモードにしてたので、聞こえなかっただけ。

 

しばらくすると畑に設置してある巨大プロペラの音が聞こえるようになる。

始まった。。。

 

今、ワイン畑は氷点下になってる。

ワイン生産者は畑を守るために出動する。

いつ発生するかは自然次第、失敗は許されない、深夜の大仕事。

 

夫が情熱をかけてた仕事、

今頃もし元気でここに居たら本当は飛び出してトラクターに乗って、出ていく。

私はコーヒーしか用意できないけど見送る。

 

でも、夫はここにいない。

 

Gel、ジェルと言うここ数年起きてるこの辺りのワイン産地の自然災害。

春の気温が高くなってワインの新芽が通常より早く表れる。

でも深夜に氷点下に気温が落ちる、新芽が凍ってしまい焼けたようになってしまい、

結果、ぶどうが出来ない。

 

その対策として、巨大扇風機で大気を動かすことで温度を拡散、

畑にスプリンクラー(水まき)を設置し稼働させて氷点下時に新芽に氷の膜を作る。

その氷膜の中では新芽は守られるのです!

解りにくいですね、私は何度も聞いて、最終的には目で見るまではよくわかりませんでした。

 

2016年は畑の7割がやられてしまった、そうすると1年でかかるコストは変わらないのに収入が70%無くなる。死活問題なのです。

「あんな悲しい風景は他にない」そう夫は表現していました。

 

私がこのGel対策を初めて見たのは2018年、出動の際くっついていきました。

フランスに来たばかりでそれこそボンジュールとメルシーしか言えなかった頃。

深夜すごく寒いのにワイン生産者があちこちから集まってました。

緊張感がすごい。

 

夫が氷点下の中、水が降りしきる中飛び込んで行って装置を直してたのが目に焼き付いてます。

寒すぎるのに。

命がけ、この人。

2019年は私は臨月で家で渋々待機してました。

「生まれてくる子の為に頑張ってくる!」そう夫は言ってました。

すごくシリアス、

同時にすごくパッションとエネルギーを感じました。

鮮明に覚えてる。

だから、夫の気持ちが手に取るように、わかる。

 

すごく、苦しくて切ない。

夫が精神的にも身体的にもいない事が身に染みる。

今も、プロペラの音、義理弟や働き手がワイナリーと畑を行ったり来たりする音が聞こえる。

トラクターが出ていく音がする度に窓に駆け寄って見てしまう。

去年、そうしてた。

いるわけないのに夫が畑で緊迫した深夜に働いている姿が目に浮かんで、

居ても立っても居られない。

 

感傷的すぎて、暗闇の中でライトが光って走ってくトラクターに乗ってるのが夫のような錯覚をしてしまう。

 

ワイナリーの中に住んでる、

でも何もできない。

こんなにやきもきしてるのに、ワイン畑の危機を解ってるのに、

取り残されている。

夫の腹水が解って、ショックだったから

余計感情的になっちゃってるのかな。

来ると解ってた事態、それが来た。

 

Mが起きちゃった。

解るのかな、わかるよね、きっと色んな事。

 

しばし泣いた。

強がる必要はない、辛い。

 

不安。

悲しい、寂しい、むなしい

どうしょうもない、どうしたらいいんだろう。

 

日本は今昼頃、母に電話した。

色々話した。

 

今、まもなく7時。

夜があけてる。

プロペラの音はまだ続いてる。 

 

夫に会いたい。