『僕の彼女はサイボーグ』(5/31公開,GAGA配給,120分)
《甘口》
今、私が自信を持ってオススメできる、イチオシのデート ムーヴィー!!
本作の魅力は何と言っても、綾瀬 はるか!!!
特に、彼女が初めて登場するシーンはめっちゃ注目☆
実はこの場面、『ターミネーター』シリーズを思いっきりパロッているのですが、この時のはるかチャン、かなりセクシーなんですぅ☆(もーぅ、堪りまへんなぁ…)
さらに付け加えると、そのパロディのベタさ加減がまたイイ◎
《本家》には遠く及ばないチープさ(笑)が、“B級映画”ファンのツボを大いに刺激してくれます!!
嫌味の無い“茶目っ気”と、時々“ホロリ”とさせてくれる爽やかな感動との絶妙なバランスが大変心地のよい、ラブコメの秀作です。
《辛口》
さすが、『猟奇的な彼女』('01)や『僕の彼女を紹介します』('04)で知られるクァク・ジェヨン監督。
本作も、誰もが共感できるほど良い“笑い”と、思わず“ジィーン”とさせられる清々しい“感動”とのブレンド加減が素晴らしい、《恋愛エンターテインメント》の快作に仕上がっている。
ただ、日本映画界のために一言苦言を呈するならば、監督したのが“日本人ではない”ということがやはり、大変残念な点である。
クァク監督作品も含め韓国の《恋愛映画》には、『英語完全征服』('03)や『B型の彼氏』('05)などのように“エンターテインメント”性の高い作品が多い。
それに比べ、日本人監督が撮る《恋愛映画》は、『タイヨウのうた』('05)や『ただ、君を愛してる』('06)、『恋空』('07)などのような《難病もの》や、“ロミジュリ”チックな《悲恋もの》('04の『世界の中心で愛をさけぶ』など)を正攻法で描いた作品がなぜか多いのだ。
実は本作も、厳密にいえば《悲恋もの》の系統に属する作品なのだが、それでもしっかりと“エンターテインメント”させているのは、“脚本の良さ”や、韓国映画界の中で育った監督自身の“お国柄”もあるだろうがそれ以上に“監督の力量”によるところがやはり、大きいであろう。
“《エンターテインメントな恋愛映画》を撮れる日本人監督”が、一日でも早く現れることが大いに待ち望まれる。
《激辛》
基本的に、大変良く出来た作品である。
作品のテーマといい、メリハリの効いたストーリー展開といい、まず及第である。
ただし、“芝居のアンサンブル”に関してはやや難点があるように思う。
特に気になったのが、大学での講義のシーン。
小出 恵介,綾瀬 はるか,桐谷 健太らとのからみの中にあって、竹中 直人の《演技》が妙に浮いているのだ。
竹中 直人の“パフォーマンス演技”については、何も今に始まったことではない。
振り返れば、周防 正行監督の『シコふんじゃった』('92)や、『Shall We ダンス?』('96)の頃から、彼の“パフォーマンス”は続けられてきた。
そして、矢口 史靖監督の『ウォーターボーイズ』('01)や、『スウィングガールズ』('04)などによって、彼の芝居の“トレードマーク”として確立されたのだが、この頃まではまだ“アンサンブル”を崩さない程度の《芝居》と言えるものであった。
だが、それから4年を経た現在の彼の“パフォーマンス”は、前述したとおりシーン全体のバランスを大いに損なわせ兼ねないものになっているのみならず、観客に“痛々しさ”まで感じさせるものになってしまっている。
考えるに、こうなってしまった原因の一つには、製作サイドの誤った“需要と供給”の認識があるのではないだろうか。
観客としては、竹中 直人の長年にわたる“パフォーマンス演技”に単に麻痺しているに過ぎないのだが、それを“需要がある”と勘違いした製作サイドが、更に量産して“供給する”という悪循環のもたらした結果が、彼の《演技》の違和感に繋がっているように思えるのだ。
竹中 直人といえば元々は、彼自身が監督した『無能の人』('91)や『東京日和』('97)などで魅せたような“シリアス”な《芝居》を本領とする演技派の《役者》である。
そんな彼が、実力を思う存分発揮できていない現状が非常に残念でならない。
彼の《パフォーマンス(=演技)》に騙されず、本物の《芝居》を求める観客側の“肥えた眼”こそが、現状を打開するのに何よりも必要なのかもしれない。
《総合評価》(満点:5星) ☆☆☆☆
『ザ・マジックアワー』(6/7公開,東宝配給,136分)
《甘口》
なんてったってこの映画、めっちゃくちゃ面白いっ!!!
説明するのは野暮なので敢えて省きますがとにかく、な~んにも考えずに肩の力を抜いて思いっきり楽しめる作品に仕上がっています!!!
本作が本格的なコメディへの初挑戦となった佐藤 浩市の“はじけっぷり”は、きっと“お宝”になるはず。
彼の他にも、来年のNHK大河ドラマ『天地人』の主演(“直江 兼続”役)を控え目下、芝居の武者修行中の妻夫木 聡や、『僕の彼女はサイボーグ』('08)での好演も魅力的だった綾瀬 はるか、前作『THE 有頂天ホテル』('06)での演歌歌手“徳川 膳部”役が大変印象的だった名優西田 敏行などなど、豪華過ぎるほどの顔触れを観るだけでも、十分に私たちの眼を楽しませてくれます☆
三谷 幸喜監督の《映画愛》がた~っぷり詰まったこの作品(例えば、『黒い十人の女』['61,監督した故 市川 崑氏がカメオ出演]や『カサブランカ』['42],『ゴッドファーザー』['72],『アンタッチャブル』['87],『ギター弾きの恋』['99]などの作品へのオマージュetc…)。
何はともあれ、まずは劇場で思う存分笑っちゃってください☆
以上。撤っ収~っ!!!
《辛口》
いかにも“三谷 幸喜”らしい作品である。
まるで遊園地の“ジェットコースター”のような破天荒なストーリーの面白さや、所々に散りばめられているキラリと光る珠玉の名セリフの数々など、《脚本家》としての三谷 幸喜の面目躍如といえよう。
特に終盤、佐藤 浩市扮する三流役者“村田 大樹”が、今は年老いた往年のスター“高瀬 充”(演じるのは、『奥さまは魔女』の“ダーリン”役を吹替えていた柳澤 愼一)と《役者》について語り合うシーンが出色。
老優と対話する彼の姿が、自身の実父である名優三国 連太郎との“雪解け(=和解)”を連想させてくれる、何とも心憎い“仕掛け”である。
思うに本作は、まず間違いなく今年度のベスト5に入る脚本であろう。
だが、これほどまでに優れた脚本であっても、残念ながら満点は与えられない。
なぜならば、これは“《舞台》でも出来る”脚本であって、“《映画》でしか描けない”という要素がエンディング以外、ほとんど無いからである。
監督第1作の『ラヂオの時間』('97)や第3作『THE 有頂天ホテル』('06)でもそうであったが、《映画》の脚本を書くに当たってやはり、“舞台人”としての癖がなかなか抜け切れないようである。
三谷監督が、スケールの大きな“《映画》ならではの脚本”を仕上げられる日を、大いに期待したい。
《激辛》
「私が撮った今までの作品の中で、最高の傑作です!!」と、方々で自信たっぷりに語っている三谷 幸喜監督。
彼の“映画”への愛情と情熱が、スクリーンいっぱいに写し出された“三谷版『ニュー・シネマ・パラダイス』”とも呼べる作品である。
特にそれが顕著なのが、彼が敬愛してやまないビリー・ワイルダー監督作へのオマージュの数々。
例えば、本作の重要なプロットのひとつである“もつれた恋愛関係”(主に三角関係)といえば、『七年目の浮気』('55)や『昼下りの情事』('57)そして『アパートの鍵貸します』('60)など、B.ワイルダーが描く《恋愛喜劇》の大きな特徴であるし、《映画業界》の裏側を覗かせてくれる趣向は、『サンセット大通り』('50)に通じるものである。
また、コンセプト面だけでは無く、町の雰囲気から部屋の内装に至るまで、美術・装飾面においても“B.ワイルダーの空気”を徹底的に醸し出す工夫がされており、彼の想いのほどが十分に伝わってくる。
さて、これほどまでに三谷監督による《“B.ワイルダー”へのオマージュ》が散りばめられている本作だが、肝心の“出来”はというと、彼の主観的な評価のとおり“最高傑作っ!!”…と言いたいところだが、残念ながらそういう訳にはいかない。
本気で彼が《日本の“ビリー・ワイルダー”》を目指しているのであれば、尚更である。
三谷 幸喜がB.ワイルダーたり得ていない理由。
それは“笑い”の用い方、更には“笑い”へ取り組む姿勢が根本的にまったく違うからである。
B.ワイルダーの“笑い”にはオブラートに包んだやんわりとした“諷刺精神”や、ほのかな“哀愁”が漂っている。
例えば、彼の最高傑作である『アパートの鍵貸します』では、上司の受けを良くするためには、自分の恋愛をも犠牲にしてしまうというジャック・レモン演じるサラリーマンの“悲哀”が、絶妙なコミカルさと観客への“共感”を生み出しているのだが、そんな主人公の姿を通じて“組織社会”を諷刺することに見事に成功している。
ところが、一方の『ザ・マジックアワー』はどうかと言えば、『アパート~』に比べ《“笑い”の奥深さ》や《主人公への“共感度”》が決定的に足りないのである。
三谷監督の《映画愛》が制作の契機となっているだけに、主人公である三流役者“村田 大樹”(佐藤 浩市)は大変魅力的に描かれているし、それなりに共感できる人物に設定されてもいるのだが、もうひとりの主役とも言うべき“備後”(妻夫木 聡)の人物像がどう贔屓目に見ても、まったくお粗末なのである。
この役は、『アパート~』においてJ.レモンが演じた“サラリーマン”に相当する、大変重要なキーパーソンなのだが、そんな“備後”のキャラクターをお座なりに設定してしまったところに、三谷 幸喜がB.ワイルダーたり得ない理由のひとつがある。
また“笑い”の質と頻度の面においても、彼とビリーとの間には大きな隔たりがある。
ズバリ言うと三谷 幸喜の“笑い”は、観客への“媚び”とも思える受け狙い見え見えのギャグをクドいほど連発するという、まるで《麺の延びきった、脂の濃すぎる味噌豚骨ラーメン》のようなものである。
たとえ、ひとつひとつのギャグが質の良いものであったとしても、“これでもかーっ!!”とばかりに安売りしてしまったのでは下品になってしまう。
それにひきかえビリーの“笑い”は、実に上品でウィットに富んでいる。
これは、クドくなる一歩手前でギャグを止めるという《“笑い”の引き際の潔さ》が、彼の“笑い”の品の良さを保たせているからである。
三谷監督には是非とも、このあっさりとした“引き際”をB.ワイルダーから学んで貰いたいものである。
ところで余談ながら、私の見るところ“三谷映画”の最高傑作は、『みんなのいえ』('01)である。
特に、“地鎮祭”のくだりが秀逸。
三谷監督の鋭い“観察眼”が冴えわたっており、昨年没後10年を迎えた故 伊丹 十三監督の傑作『お葬式』('84)を彷彿とさせる名場面であった。
誠に勝手な願いではあるが三谷監督には、《日本の“ビリー・ワイルダー”》を目指してもらうのも良いが、《第二の“伊丹 十三”》として、よりスケールの大きなエンターテインメント作をどんどん撮ってもらいたいものである。
《総合評価》(満点:5星) ☆☆☆