情報化社会の発達は人と人との係わり合いを大きく変えた。
誰もがスマートフォン片手に遠く離れた人と連絡を取り、残したい光景に出会えば写真を撮り、手軽に動画でお祝いのメッセージを送り合う。少し暇ができれば莫大な情報にアクセスして暇を潰す、もはや当たり前になりつつあるこれらの光景はは少し前の時代では考えられないことだった。
特にコミュニケーションに関する部分は顕著で、人々の生活を劇的に変えたと言っても過言ではない。例えば人と会う時、最近では詳細な待ち合わせ場所や時間を決めることはほとんどない。「4時ごろ、新宿で」この程度の約束で十分なのだ。メールなりLINEなり、待ち合わせ場所に近づいてから今どこどこにいると連絡を取れば良いのだから、入念に待ち合わせをする必要はない。
これがスマホや携帯電話が発達していない時代だと死活問題だ。連絡を取る手段がないので、待ち合わせ場所で会えなかったらそのまま会えない可能性が非常に高い。だから細かく時間を指定し、駅の東口改札のライオンの像の前などと詳細に約束をするのだ。
実のところ、この便利さというものは大変な落とし穴がある。便利さの裏に存在する大きな欠点が存在するとでも言った方が良いかもしれない。例えば、細かく待ち合わせする必要がない現代は大変便利なのだけど、そのために人々は「約束」の重要さを忘れがちになる。それこそが落とし穴なのだ。
連絡ができない状況において、例えば自分が何らかのアクシデントのために遅れてしまったとしたら、そのことを相手に伝える術は存在しない。もしかしたら会えないかもしれない、遅れることを知らない相手はずっと待って立ち尽くしているかもしれない。絶対に遅れるわけにはいかないと必死になるはずだ。
遅れそうだわー、ごめんな。やっぱ今日はやめておくわ、ごめんな。LINEなりなんなりでそう送れてしまうのは便利なのだけど、それは同時に「約束」に対する一生懸命さを失っていることになるのだ。
同じように、例えば綺麗な景色や感動的な光景を見たとしよう。カメラなんて持っていない人は一生懸命その光景を心に焼き付けるかもしれない。それに没頭し、しばし全てを忘れて魅入るかもしれない。もしかしたら思い出の中でいくらか美化されて輝き続けるかもしれない。
けれども、昨今では誰でもスマホで撮影できる状態にあり、まるで撮影しないと損だという気持ちが生まれ、撮影に一生懸命で現実に目の前で起こっていることに没頭できないのかもしれない。そうやって残された映像は決して現実を超えることもない。
そう、「便利さ」とはその裏側で「必死さ」「一生懸命さ」を剥奪する要素になりえるのだ。それが良いのか悪いのか完全にケースバイケースかもしれないし、必死さや一生懸命さが必要じゃなく、便利さの方が重要な場面も多いだろう。一生懸命さと表裏一体の便利さどちらが大切なのか、年齢を経てそれを考えることがあまりに多くなった。
あれは数年前の正月のことだった。
僕の場合、正月ということで生まれ育った街に帰省しても、特にすることはない。普通なら両親と年末年始を過ごし、故郷の町並みに心動かされ、古い友人たちと昔を思い出して年月を感じながら酒でも酌み交わすのだろうけど、あいにくと僕にはそういった「過去」が存在しない。
とうに母親を亡くしており、実家に帰っても親父がいるだけだ。親父は年末年始を感じさせることなくいつもと同じ様子でそこに座っている。古い友人なども存在するはずもなく、ただ少しだけ変化した田舎の町並みを見るだけだ。完全に何をしに帰省しているのか分からない状況といってもいい。
最近では、中学や高校などを卒業しても同級生と縁が切れることがないらしい。スマホを使ってLINEやSNSなどに繋がっているクラスメイトの関係は卒業しても途切れることがないのだ。結果、旧友というものが大幅に成り立ちやすく、人間関係が維持される。なんとも便利でうらやましいものだ。
僕の時代なんかは携帯電話やインターネットなんてものは普及しておらず、連絡を取ろうと思ったら家の固定電話か手紙が主流だ。卒業した後に無関係となった友人と連絡を取ることは格段に難易度が高い。毎日会っていた顔ぶれも途端に連絡を取ることが難しくなる。ちょっと現代とは「卒業」の重さが違うのかもしれない。卒業すると本当に連絡を取りづらくなる。
よって、卒業時に連絡先を交換する「連絡帳交換」なる謎の儀式が行われることになる。これは主に女子が連絡先を書くノートを持ってきて、仲の良い友人や好きな男子に連絡先を書いてもらうという完全無欠の魔儀式なのだけど、男子の間ではこの連絡帳に何件書いたがちょっとしたステータスになることがあった。
もちろんイケメンはクラスの女子全員の連絡帳に記入する勢いだし、ちょっとブサメンのクラスで嫌われている感じの男子でも、みんな卒業という一大イベントに酔いしれてるので、女子も僅かに心優しくなっていて、まあ、山本君にも書いてもらおうかって感じになっちゃって、山本君も女子に依頼されて舞い上がっちゃってさ、え、俺の電話番号でいいの、とか市外局番から?とかみんな同じ市内なんだから市外局番いらねーだろと思いつつ、まあ、大体どの男子も2回くらいは記入するわけなんですよ。そんな中にあって僕は誰からも依頼されないという快挙を達成しましてね、プールの時間に女子の下着を漁っていたことがばれて総スカンを食らっていた竹下君ですら、委員会が同じだった女子から依頼されていたのに、僕なんか竹下以下ですよ、下着ドロ以下です、下着以下です。前の日にかっこいいサインの練習までしていた僕はピエロじゃないですか。あーあ、あのクラスの女子全員いまごろDV男と同棲したりして毎日泣いて暮らしてねえかな。
とにかく、そうやって交換した連絡先も活用されることなんてほとんどなく、実際に連絡を取ることなく関係性が消えていく。よほどの親友や恋人でない限り卒業後も人間関係を維持していくのは難しい、そんな時代背景があった。
それが、いまやLINEグループにでも突っ込んでおけば卒業後も簡単に連絡が取れるし、いつだって昔の仲間と会話することができる。連絡帳記入依頼ゼロなんていう悲劇が繰り返されることもない。いいことずくめだ。
けれども、そうやって便利さが増してくると今度は別の問題が浮上してきて、いつまで経っても人間関係をリセットできずに過去の人間関係が呪縛となってしまうだとか、LINEでの人間関係が人生の全てになってしまってそこから阻害されると全てを失ったように感じるとか、ゲスの極みなLINE内容が流出するとか、僕の青春時代にスマホやLINEなんてものが存在しなくて本当に良かったと思うほど多くの問題が浮上してくる。これらの問題は簡単に関係を維持できるからその関係に対して一生懸命ではない故に起こることが多いのだ。
「お前は帰省してきて一緒に遊ぶ友人もいないのか」
年末特番を見ていると親父がそう言ってきた。
「まあ、地元の友達なんてもう20年も前のことだしな」
さも時間の経過が友人関係を希薄にしたような口ぶりで答えたが、卒業式の日に誰からも連絡先を聞かれなかったとは、連絡帳に書いてと誰からも言われなかったとは口が裂けても言えない。
「ワシなんてもう四十年くらい高校の友達と遊んでいるぞ」
親父は誇らしげにそう言った。確かに、親父はずっと地元にいたこともあって、未だに高校時代の友人が頻繁に家を訪ねてくる。親父は旧友の話をし出すとなんだか楽しそうで、いつも止まらない。
「この間ワシの同級生の家にオレオレ詐欺がかかってきてな!」
田舎に住む老人にとってオレオレ詐欺は一大スペクタクルに近いホットな話題だ。下手したらディズニーランドに行くよりもリクリエーション力が高い。親父は嬉しそうに話し出した。
なんでも、親父の高校時代の同級生の坂下さんのところにオレオレ詐欺がかかってきたらしい。息子と名乗る男性から「交通事故を起こして」と電話があったそうだ。坂下さんは焦った。15年前に仲違いをしてから音信不通だった息子からの電話だったのだ。
「事故の相手が妊婦でさあ、大変な状況になっているんだ」
坂下さんの息子は涙声でそう言った。坂下さんも涙声になった。
「もういい、とにかく帰ってくるんだ。一度家に帰って来い」
坂下さんは懇願した。それでも電話の向こうの息子は要領を得ない。
「今弁護士に変わるから」
なんと事故現場をたまたま通りがかった弁護士が解決に乗り出したらしい。息子はその弁護士に替わると言い出した。
「もしもし、お電話変わりました。わたくし、弁護士の山崎と申します。被害者の方は大変危険な状況です。もしかしたら息子さんは警察に逮捕されるかもしれません」
「俺さあ、逮捕は困るよ、父ちゃんなんとかしてくれよ」
「もしもし、麻布署の者ですが。このままでは息子さんを逮捕し2週間は拘留しなくてはなりません」
「弁護士ですが、今示談にすれば逮捕は免れるそうです。なんとか私が交渉して示談金三百万円でまとめますが」
「頼むよ、父ちゃん。仕事もクビになっちゃうよ」
いわゆる劇場型オレオレ詐欺というやつだ。あまりの劇的な展開に普通なら狼狽して三百万円くらい払ってしまいそうになるのだけど、坂下さんは怒った。確かに15年前、家族で犬を飼うか猫を飼うか揉めた時に頑固なまでにモモンガを飼おうと言い出した自分が悪かったかもしれない、けれども、それで仲違いしてから音信普通になっておいて、15年ぶりに連絡してきて第一声がそれか。坂下さんは激怒したらしい。弁護士とか意味不明なやつまで出てきて本当に腹が立ったらしい。色々と根本的におかしい。
「15年ぶりに電話してきてそれか!二度と電話してくるな!あの時のモモンガは寿命で死んだぞ!」
坂下さんは怒鳴って電話を叩き切った。坂下さんは未だにオレオレ詐欺だと気づいておらず、息子に対しての怒りをモモンガのモモちゃんの墓の前でブツブツ言っているらしい。息子としてはとんだとばっちりだ。
「いやー、さすがのワシでも息子の声くらいは聞き分けられるわ。お前を名乗る電話がかかってきてもすぐに偽者だって分かる」
親父は誇らしげにそう言った。いやいや、数年前にアパートを借りる時の手続きで保証人の印鑑が必要で、書類を送ってくれと電話した時に紛れもなく僕本人が電話しているのに「オレオレ詐欺か」と譲らなかったじゃないか、とはとても言えなかった。
それでも僕の心情としては坂下さんに同情的で
「それでも15年も音信不通なら声も忘れてしまうのではないか。坂下さんが勘違いするのも無理はない」
そう言った。そもそも、音の記憶というのはあらゆる情報中でもかなり曖昧で記憶するのが難しい。さらに電話を通した音声は実際のものとも違うので、気がつかなかった坂下さんを一概に責めるわけにはいかない。むしろ孫も含めて犬を飼いたいと言っているのにモモンガを飼うと言い出したことを責めるべきだ。
「いいや、ワシは15年経っても声を忘れるってことはないな。昨日のことのように鮮明に覚えておる」
親父は自信たっぷりにそう反論した。いや、だからアナタは数年前に本物の僕の声を偽者と判断して何度説明しても埒が明かないからハンコおしてもらうためだけに飛行機に乗って帰省したじゃないか、と言いたかったが、そういう指摘をすると結構面倒なことになるのが目に見えていたのでグッと堪えた。
「ワシはいまだに母ちゃんの声を覚えている」
また親父は言った。これまでで一番自信のありそうな口ぶりだったのだから、たぶん覚えているのだろう。
「俺は覚えてないな」
15年前に亡くした母親の姿かたち、言葉の内容、思い出は十分に覚えているのだけど、純粋に声だけを覚えているかと考えると、やはり覚えていない。正直に言うと、色々な女性の声を聞かされてどれかがあなたの母親の声ですって言われても当てられる自信がない。
ここでハッと我に帰った。もしかしたらもう二度と母親の声を聞けないのかもしれない、そんな考えが頭をよぎったのだ。アルバムを開けば過去の母親の写真などは山のように出てくる。けれども、どう思い返してみても声を収録した物が存在しない。
これがテクノロジーの発達した現代なら、スマホに残った母ちゃんの動画だとか、ボイスメモで声を録音したとか、ハンディカムで撮影した映像に声が入っていたとか、実は母ちゃんがYoutuberでうまい棒食ってる動画が上がってる、ってなるのだろうけど、僕の時代はそういったものはあまり手軽なものではなかった。
そういった家庭用の録画機器が高価で手が届かなかったというのもあったかもしれないが、そもそも、そういった家族の映像を残しておこうという意識もあまりなかったように思う。写真自体も一般的に見ると少なくて、母ちゃんが映った写真が何枚かアルバムに綴られているだけだった。
「声か……」
僕と親父の会話が止まった。テレビからは賑やかなバラエティ番組の音が流れていて、僕らの沈黙を一層引き立たせていた。考えていることはたぶん同じだ。母ちゃんの声を聞けないかもしれないというところに及んでいるのだ。
「そういえば母ちゃん撮影したビデオがあるかもしれん!」
親父が急に立ち上がった。
なんでも、随分昔に友人の誰かがビデオカメラを持ってきていて、物珍しさも手伝って仲間内でワイワイ撮影したことがあったらしい。つい先日、親父がアルバムなどを整理していたらそのビデオテープがでてきたらしい。
「確かにこの辺に……」
通称「カオス」と呼ばれる、ちょっとどこに片付けて良いのか分からない雑多な物置があって、圧倒的な貫禄でアンタッチャブルな雰囲気を醸し出している一角があるのだけど、そこを漁る親父。あーでもないこーでもないとゴソゴソとやっていると一本のテープがポロリと飛び出してきた。
「VHS-C」
最近ではほとんど見なくなったが、普通にビデオテープと言われて連想するVHSのテープと同じ形状でありながら、半分より少し小さいくらいの大きさをしたビデオテープにはそう書かれていた。調べてみるとVHS-Compact (ビデオホームシステムコンパクト) の略で、8ミリとの規格争いに敗れた悲しきビデオ規格であるようだった。
こりゃまいった。いまや普通のVHSビデオだって再生できる機器を探すのは大変なのに、それよりマニアックなVHS-Cとは。それにしてもこんな小さなのがあるんだなーとマジマジとテープを眺めていると、ラベルに薄っすらと文字が書いてあることいに気がついた。
「昭和の終わりに太極拳」
完全に意味不明すぎる。このラベルが我々に何を伝えたかったのか全く分からない。なんなんだよこれは、と親父を問い詰めると何かを思い出したらしく、説明を始めた。
「そういえば、大層なカメラがきて何かを撮影しようってなったんだけど、持ってきたやつも使い方がよく分かってなくて、どうしても音が録音できなかった。それで、音のいらない太極拳を撮影しようってことになってみんなでやったんだった」
音が撮れないから太極拳と言う思考回路が全く理解できない、何食って育ったらそんな発想になるのか理解できない。親の顔が、いや子供の顔が見てみたい、のだけど、これだけは言える。音が入っていないなら今求めている母ちゃんの音声も絶対にはいってないじゃないか。
ガッカリしつつも、このVHS-Cを再生する機器を捜し求めなくて済んだほっと胸を撫で下ろした。しかしながら事態は振り出しに戻った。親父と一緒に散らかしたカオス部分を片付けつつ、今度は僕の脳裏にある思い出が浮かんだ。
あれは僕が中学の時だっただろうか。
当時僕は「とんねるず」の音楽に夢中で、友人の高橋君から「嵐のマッチョマン」が収録されたカセットテープを借りたのだった。この高橋君のテープも何かラジオ番組みたいなものからの録音だったらしく、かなり音質が悪かった。
けれども、当時の僕はどうしてもその「嵐のマッチョマン」を自分のものにしたく、これをダビングすることを決意した。なけなしの小遣いをはたいて一番安いカセットテープを購入し、金持ちだった友人からダビング可能な二連装のラジカセを借りる。ただ、このラジカセが内部的にダビングしてくれるものではなく、単純に片方で再生してもう片方で録音するってだけの代物で、ラジカセの周囲で雑音を立てるとその音まで録音してしまうという、音質劣化どころの騒ぎじゃないローテクなものだった。
音を立てたら殺すと弟に厳命し、録音ボタンを押し、続いて静かに再生ボタンを押す。なぜか物音を立てないようにソーっとラジカセから離れ、正座する。おもむろに「嵐のマッチョマン」が流れ始める。クルクルと回るカセットテープの白い部分を眺める。そこに階下から大きな声が響き渡った。
「高橋君きてるよー!」
母ちゃんの声だった。完全に台無しだ。それでも無視していると
「なんか嵐のマンドリル?っていうの返して欲しいんだってー」
マンドリルってなんだよと思いつつ、高橋が来たと言うことはもう返さねばならないタイムリミットだ。母ちゃんの声が入ってしまったとはいえ、もうそれは許容する。百歩譲ってそれはいい。でも、頼むからせめて最後まで録音させてくれ!これ以上喋るな!そう心の中で懇願していると
「はやくしなさーい(怒)!」
怒号が響き渡った。これ以上は危険なので録音を諦め、オリジナルのテープを高橋君に返却した。そう、途中までの嵐のマッチョマンと母ちゃんの怒号が録音されたであろうテープを残して。
あのテープさえ発掘されれば母ちゃんの声を聞くことができる。そういえばなんかそういったテープが大量に僕の部屋から発掘されたことがあって、カオスみたいな物置のさらに奥、「深淵なるカオス」に押し込んだことがあった。もしかしたらそこにあるかもしれない。
「もしかしたらテープがあるかもしれん!母ちゃんの声が入ったテープがあるかもしれん!」
僕は立ち上がり、片付けたばかりのカオスを引っくり返し、さらに奥の深淵なるカオスを捜索する。そこは深淵なるカオスと呼ぶだけあって容赦なくカオスで、どうやったらこんな物を保存しておこうという気持ちになるのか理解に苦しむものばかりだった。日本人形の首だけとか、ナメ猫のキーホルダーだとか、クラッシュギャルズのプロマイドとかである。
そんな深淵なるカオスのさらに奥底にカセットテープの大群はあった。ビニール袋に入れられ、大事そうにガムテープでぐるぐる巻きにされていた。中には数本のカセットテープが入っていた。古いカセットテープと言うと無骨な感じを想像するが、以外にも当時はカラフルでオシャレなカセットテープが流行しだした時代だったようで、ちょっと現代でも通用するんじゃないかってレベルのスケルトンなオシャレデザインだった。
上手いことに深淵なるカオスの奥底にはくたびれたラジカセも置いてあって、さっそくそいつで再生してみることにした。一つ目のオレンジ色のテープを再生してみる。ちゃんと嵐のマッチョマンが入っているのか。それとも別の何かが入っているのか。それはそれで面白そうだ。ドキドキしながら再生ボタンを押した。
すぐにザーっというノイズが聞こえたかと思うと、どう考えても僕としか思えない声が聞こえてきた。
「えー、今日はちょっと僕のポエムを読もうと思います。一生懸命書きました。題名は”日曜日と火曜日のあいだ”です」
即座に停止ボタンを押した。
あぶねー、なんてものが出てくるんだ。なんてものを録音してんだ、俺は。こんな黒歴史のポエムを聞いた日には危うく一生消えない心の傷を負わされるところだった。危うく命を持っていかれるところだった。自分の書いたポエムをカセットに録音する。当時の僕はとんでもない闇という怪物を心の中に飼いならしていたのかもしれない。怖くて続きが聞けない。だいたい、”日曜日と火曜日のあいだ”ってなんだよ、月曜日じゃねえか。
どんな爆弾が潜んでいるのか分からない、これだから深淵なるカオスは恐ろしいのだ。それでもなんとかして母親の声が聞きたいので、オレンジのカセットテープを取り出して次のカセットをセットする。なんとか勇気を振り絞って再生ボタンを押した。
「ハーイ!7時からDJをバトンタッチしたのはぼくマイケル石橋。どこよりも早くごきげんなファンキーミュージックかけちゃうよ」
軽快なセリフが流れ始めた。嵐のマッチョマンだ!コピーのコピーなので信じられない音質の悪さだけど、間違いなく嵐のマッチョマンの冒頭のセリフ部分だ。音量を最大にし、ドキドキしながら聞き入る。
「ねえ、これもう録音してるの?」
弟の声だ。
「殺すぞ、黙れ」
僕の声だ。音楽に合わせて心温まる兄弟のやりとりも録音されていた。僕と親父、耳を凝らして続きを聞くのだけど、母親の声は聞こえてこない。そのうち
「わかってるってー!」
「あーもううっせえな、高橋くるのはえーんだよ!うっぜえ」
と僕の声だけが録音されていて、そのままガチャンと録音が止まってしまった。
「全然入ってねえな」
「よく考えたらそんなに集音性能が良いはずがない。下の階から声なんて録音できなかったんだ」
クソみたいなラジカセに標準搭載されている内蔵マイクです。その性能なんて推して知るレベル。今度こそはと思ったのですが、母ちゃんの声を聞くことはできませんでした。分かったことと言えば昔の僕が結構高橋君のことをうざったいと思っていたことくらいです。漫画とかでも借りた次の日に返してくれって来てましたからね。けっこうウザかった。
僕と親父は落胆しました。やっぱりもうダメなのか。もう僕らは母ちゃんの声を聞くことができないのか。聞けないとなるとどうしても聞きたくなるし、なんだか本当に母さんは死んでしまって会うことができないんだってことを痛感しました。
いや、もうそれは痛いほど分かってて、10年以上も経過してるのですからリアルに感じ取れているのですが、それでも記憶ってのは色褪せていかなくていつまでも自分の中にあるって思っていたのに、声も思い出せないくらい色褪せ劣化していくってことに直面してしまったんだと思います。なんかこう、無性に寂しかったんだと思います。
「もうダメなのか……」
二人して無言で畳を見つめていると、その視界の端に小さなカセットテープがありました。小さな小さなカセットテープが二つ、バツが悪そうに転がっていました。たぶん、先程「深淵なるカオス」を引っくり返した時に転がりでた物だと思います。
さっきのVHS-Cテープも普通のVHSテープに比べて随分と小さかったですが、今度のカセットテープはもっと小さい。嵐のマッチョマンや、はずかしポエムが収録されていたカセットテープと比べても歴然たる小ささです。
「なにこれ、こんな小さなテープってありえるの?」
大きさは普通のカセットテープの1/3程度しかなく、単にカセットテープを模したミニチュアのオモチャみたいな外観だ。本当にこんなテープが存在するのかと驚くのだけど、調べてみたとこころ、どうやら留守番電話用の録音用に開発されたテープのようで、初期の留守番テープや音声レコーダーに積極的に搭載されていたらしい。
そういえば、我が家は商売をやっていた関係上、留守番電話があると物凄い便利だってことで、まだ世の中では全然普及していないのに貧しいながらも無理して購入した思い出がある。その外観と、留守でもメッセージを吹き込むことができるという機能に、幼い僕は未来の電話が来たと驚いたものだった。よくよく思い出してみると、その電話には確かに小さなカセットテープが二つ並ぶように搭載されていた。
「これに母ちゃんの声が入ってないかな?」
一縷の望みに賭ける。そんな表現が適切な表情で提案した。しかしながら、親父はすぐさま否定した。
「いやー、入ってないだろ、誰が好き好んで留守だって分かってる自分の家に電話かけてきてメッセージを吹き込むか。そんなやついたら頭おかしいだろ。病気を疑うわ」
ひどい言いぶりだが親父の言うことももっともだ。留守番に家人のメッセージが録音されていることはあまりないだろう。
「でもさ、なんでこれ2つあるの?メッセージ吹き込むならテープ1つでよくない?」
いま、手元には全く同じ形状をした小さなテープが2つ。記憶の中の留守番電話もテープが2つ並ぶようにして収まっていた。それは良く考えると疑問だ。
「たしか、1つはかかってきた電話のメッセージを録音する用のテープ、もうひとつが応答メッセージを録音するテープだったはず」
親父がそう言った時、僕らは何かを思い出したかのように顔を見合わせた。
「確かにみんなで録音したぞ!」
そう、当時の留守番電話は、応答のメッセージ「ただいま留守にしておりますピーっという発信音の後にメッセージを……」というものまでテープに収録して流していた。そうなると当然ながら応答メッセージを流す用のテープと録音用のテープが必要になる。そんな理由で二連装になっていたのだ。
テープで録音した応答メッセージが流れる留守番電話ということはそのテープに上から録音すれば独自の応答メッセージが流れる。もちろん最初は綺麗な声のナレーターみたいな女性の声が入っているのだけど、面白がって家族全員で色々な応答メッセージを録音したのだった。確かに録音したはずだ。きっと、その中に母親の声が入っているはず。
僕と親父は色めき立った。このテープを聴けばきっと母ちゃんの声が入っている。きっと入っている。この小さな小さなカセットテープに求めるものが入っているのだ。どんな愉快な音楽を聞いたときより心が躍った。
しかし、喜びも束の間、またしても途方にくれる。どうやって再生するんだ、これ。明らかに大きさが違うのだから目の前にあるラジカセには入りそうにない。このテープ自体を売っているところなんて見たこともないのだから、当然ながら大きな電気屋に行ったところで再生機器を売っているとも思えない。メディアがあるのに本体がないというジレンマ。
ちょろっとネットで調べてみると、こうやって再生機器がなくなってしまい媒体だけが残ったものを現代の機器で再生できるようにダビングしてくれるサービスがあるらしい。過去のビデオテープとかDVDにしたりしてくれるらしい。この小さなカセットテープも対応しているようで、少し時間とお金ががかかってしまうけれども、仕方がない、母親の声を聞くにはそこに頼むしかないない、と考え始めたとき、さらなる奇跡が起こった。
「これじゃねえか?」
親父が「深淵なるカオス」から白いボディの、年月を経て少し黄色く変色したボディの電話機を発掘してきた。見ると、小さなカセットテープを2つ入れる場所も兼ね備えている。明らかに記憶の中にあるあの留守番電話だ。もしこれが動くのならば、再生することができる。
「こりゃ、やるしかねえぞ」
早速、埃を払いのけ、裏面を開けて朽ち果てかけていた電池を入れ替える。さらに奥底から電源コードも発見されたので接続して電源を入れる。日本の技術力ってすごいな。もうすごい年月が経過して色褪せてるというのに、ランプが点灯して動き出したんだ。
電話部分はぶっ壊れているらしく、フックを上げ下げしても何の反応もない。けれども、その横のテープの部分は生きているっぽい。再生ボタンを押すと中についている丸い突起がクルクルと回りだした。
「これはいける!」
早速、二つあるミニカセットテープの1つをセットし再生ボタンを押す。キーキーと不安になる軋む音が出てきたがすぐに落ち着き、スピーカーからボソボソと雑音のようなものが聞こえてきた。
「ピー、山本です。また電話いたします」
おいおい、しっかりと記録されてるじゃねえか。僕と親父は興奮した。狙っていた応答用メッセージではなく、メッセージ録音用のテープだったが、山本さんの声はしっかりと記録されたいた。まさか山本さんも悠久の時を経て遥か未来で再生されるとは思わなかっただろう。次々とメッセージが再生されていった。
「えー、以前連絡した作業の着手ですが、来週の木曜日でよろしいでしょうか?」
「本日訪問する約束でしたが、明日に変更してもらってよろしいでしょうか」
次々とメッセージが再生される。どうやら親父の仕事関係の連絡が主なようで、当時はあまり出回ってなかった留守番電話に戸惑いつつ、メッセージを残していく仕事関係の人々の声が残されていた。どうやらその中には疎遠になってもう会えなくなってしまった人や、他界してしまった親しい人の声もあったらしく、親父は懐かしそうな瞳をしていた。
そんなおセンチな気持ちをぶち破るような衝撃的なメッセージが再生される。
「えー、ワシです。ちょっと家にかけたらどうなるかなって思って電話しました。留守なのはわかってたんだけど、本当に留守番電話が起動していて文明のすごさを実感します。時間が余ったのでベンチャーズの話をします。ベンチャーズのドン・ウィルソンは「ピー!メッセージは終了です」」
どっからどうみても、いや聞いても見紛う事なき、いや聞き紛う事なき親父の声じゃないですか。先程の親父のセリフがリフレインします。「誰が好き好んで留守だって分かってる自分の家に電話かけてきてメッセージを吹き込むか。そんなやついたら頭おかしいだろ。病気を疑うわ」ここまで全ての項目を満たすブーメランもそんなにない。
「ピー、えっと高橋です。貸していたジャンプを返して欲しくて電話しました。すぐ必要なので返してください」
ホント、高橋うぜえ。時空を超えてうぜえ。だいたいなんだよ、すぐさま週刊少年ジャンプが必要になる状況ってなんだよ。不良に絡まれてボディを殴られたときのためにあらかじめジャンプを腹にしのばせる、くらいの状況しか想像できない。
とにかく、予想外に懐かしかったとはいえこちらのテープには求めている母親の声は収録されていない。もう1つの応答用のメッセージを収録したテープに求めるものが入っているはずだ。早速、もう1つテープをセットし、再生ボタンを押す。
「ただいま留守にしております」
弟の声だ。音質は悪いが確かに幼き日の弟の声だ。心なしか少し緊張しているように聞こえる。
「ご用件のある方はピーっという発信音の後にメッセージを録音してくれていyhdんkl」
くっそ噛んでる。弟、くっそ噛んでる。予想通り家族のメッセージが入っていた。何事においても予想通りに物事が進むと気持ちが良いものである。テープはすぐに次のメッセージを再生した。
「ただいま留守にしているようです」
なんか他人事みたいな言いっぷりだけど、これは幼き頃の僕の声だ。まだ真っ直ぐに輝かしい未来を信じていたころの純粋な僕の声だ。
「ご用件のあるかたは、ピーっという発信音の後にメッセージを入れる」
いやいやいや、「入れる」で切るのはおかしくないか。あまりにおかしくないか。そこで言い切るのは完全におかしい。幼い頃の僕、大丈夫か。
「ただいま留守にしております。ピーっという発信音のあとにお名前と用件を録音してください」
親父の声だった。意外にまともで、もっとこう意味不明な念仏でも唱えててくれていれば面白かったというのに、本当につまらないやつだ、そう思った。
弟、僕、親父とくればおそらく次は母ちゃんだろう。ついに求めていた母ちゃんの声を聞くことができる。僕の胸は高鳴った。親父もきっと同じ思いだったのだろう、少しだけ表情を強張らせ緊張しているのが伝わってきた。
「ただいま留守にしております」
母さんの声だった。
予想していたよりずっと優しくてずっと穏やかで安心する声だった。やはり僕は母さんの声を覚えていなかったのだろう。こうやって聞いてみて思い出すことができた。それが母さんの声だと認識できた瞬間、記憶の中のあらゆるシーンの中の母さんのセリフに吹き替えがあてられたような感覚だった。
「母ちゃんの声だな」
「だな」
覚えていると豪語していた親父も同じ思いだったのだろう、いつの間にか風化していた記憶と、鮮明に蘇った記憶に戸惑っているようだった。テープの中の母さんのセリフは続く。
「不在にしており申し訳ありません。ご用件のある方は、」
不思議なほどに心地よい声に優しい口調。なんだかそのまま寝入ってしまいそうな安堵感に包まれた。さらに耳を傾ける。
「後でおかけ直しいただくか、発信音のあとにお名前と用件を吹き込んで……」
テープの中の母さんが急に沈黙した。セリフの途中で突如止まる。一瞬、テープの劣化によって再生されずにぶつ切りにされたのかと思ったが,変わらずノイズのような音が流れていたので、本当に母ちゃんが沈黙しているだけだったのだろう。僕と親父は電話機へと顔を近づけた。その瞬間だった。衝撃的なセリフが再生されたのだった。
「フィリピンパブ!」
母ちゃんの声だった。先程までの優しい口調とは異なり、野太い乱暴な口調だったが、確かにこれも母ちゃんの声だった。それにしてもさっきまで穏やかにご用件のある方はとか穏やかに話していたのに、なぜフィリピンパブなのか。狂ったのか。それとも長い年月でテープがおかしくなったのか。
何度も巻き戻して再生してみたが、やはり「フィリピンパブ」と少し怒りながら録音されていた。一体何事だ。
あれだけ探していた母ちゃんの声に辿りつく事はできたし、思い出すこともできた。けれどもなぜあの場面でフィリピンパブなのか、新たな謎が生じることとなってしまった。
ここからは僕と親父の憶測の域を出ないのだけど、母ちゃんはフィリピン人女性と親しくしていた時期があった。そのフィリピン人はフィリピンパブと呼ばれる場所で働いており、休みの日などはよく母ちゃんと買い物に出かけたりしていた。
一見すると仲の良い二人だったのだけど、文化や価値観の違いからしょっちゅう喧嘩をしており、あるとき決定的に仲違いして絶縁状態みたいになったことがあったらしい。
それからしばらくして我が家に無言電話が相次ぐようになり、母ちゃんはノイローゼみたいな状態になり、しょっちゅう「絶対あの女のしわざだ、こんどかかってきたら怒鳴ってやる」とブツブツいい、本当に無言電話がかかってくると「フィリピンパブ!」って怒鳴っていたらしい。なんでパブなのかは全然分からんけど。
「たぶん、留守番電話のメッセージ吹き込んでいたら心配になったんじゃないかな。無言電話かかってきても留守番電話なら普通に対応してしまう。どうしたらいいんだ、そうだ、無言電話にも対応できるメッセージを吹き込んでいようって思ったんじゃないかな、それでああなったと」
遠い記憶の中にあった母さんの思い出は無声映画のように静かで優しいものだったけど、この日、声を聞いたことでさらに優しいものに吹き替えが行われ、さらに鬼の形相で「フィリピンパブ」と罵る老婆の姿に置換された。
僕らはあまりに便利な現代のテクノロジーによって、多くのことに真剣に取り組まない。友達や家族の電話番号を覚えているだろうか。本気で約束し連絡を取り合っているだろうか。画像なしに思い出の場面を思い出すことができるだろうか。大切な誰かのことを忘れずにいられるだろうか。
今あなたの身の回りにあるものは当たり前の存在で、それらの記録や繋がりを残すことはテクノロジーを使えば容易い。でも、それらは本質ではない。本当に大切なものは真剣に向き合い、テクノロジーに頼らず覚えていられるように努力して欲しい。便利さゆえに忘れがちな何かを失わないで欲しい。
さもなくば、僕のように母親を思い出すたびに脳裏をフィリピンパブが通り過ぎるようになってしまいかねないのだから。
遠いあの日、雪が降っていた。卒業式の前日だ。母さんは、小さなノートを僕に渡してくれた。これに友達の連絡先とか書いてもらいなさい。小学校を卒業する僕は、そんなものいらないといった。みんな同じ中学に行くんだ、必要ない、そう言ったが、誰にも書いてもらえないのが怖かった。母さんは優しく言った。そういうものじゃない。本気で誰かと仲良く関係を続けていきたいならこれからも仲良くしていきたいと意思表示しなさい。優しくそういった。でも僕は本当に怖くて、それを誰かに差し出すことはできなかった。真っ白なノートを見て母さんにどういっていいのか分からず、泣きながら謝ると、母さんは優しく頭を撫でてこう言った。「フィリピンパブ」
これは途方もない悲劇だ。
