『マクロスF』劇場版『サヨナラノツバサ』のラスト、早乙女アルトはYF-29デュランダルを置いて、バジュラクイーンとともにフォールドの彼方へ旅立った。
帰還の術も伝えられないまま、「消失」に近い別れが描かれたあの結末。
――だが、ギャラクシーライブファイナル2025にて、我々は“ありえないはず”の光景を目にする。
■ なぜアルトは「デュランダルに乗って」登場したのか?
本来ならば、アルトの帰還時にデュランダルへ再び搭乗するのは不可能と考えられる。彼は機体を残し、異星生命体バジュラと共に旅立ったのだから。
にもかかわらず、今回のライブでは《デュランダルに搭乗したアルト》が現れる。演出か?幻か?――否、そこに“物語”があったとしたら?
注目すべきは、横浜ベースの通信で彼の機体が「所属不明」とされていた点だ。これは、帰還が事前に確認されていなかった証拠。つまり、アルトはこのライブ以前には地球に戻ってきていなかったと考えられる。
ではなぜ、あの瞬間に、彼は戻ってこれたのか?
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■ 鍵は『時の迷宮』――魂の井戸と歌の導き
映画『時の迷宮』では、“魂の井戸”と呼ばれる異空間とフォールドソングが結びつく描写がなされた。
ランカの歌が放ったフォールド波の光。そして、「その光の先に――」というセリフ。
この「光の先」に、アルトがいるのではないか?
もしくは、光が“彼へと届いた”のではないか?
ライブでは『時の迷宮』の歌に合わせて、デュランダルが上昇→火花→暗転という演出があった。これは、歌に乗ってフォールドし、アルトのもとへ届いたことを示唆しているように思えてならない。
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■ デュランダルは“自力でフォールド”できるのか?
YF-29デュランダルは「フォールドウェーブ・システム」により、通常のバルキリーを超えた力を持っている。さらに「歌を届けるための装置」であるフォールドウェーブ・プロジェクターも搭載。
『サヨナラノツバサ』のパンフレットには、以下の記述がある。
「その力を取り込んだことは、YF-29の存在自体がバジュラに近づいたことを意味する。
それは圧倒的な戦闘能力だけでなく、神秘的な力をもたらすことになる――」
つまり、バジュラと同様に“単独でのフォールド”が可能な存在になりつつあるということだ。
これに“歌”の力と、プロトカルチャー由来の技術が加われば、デュランダルがアルトのもとへ届き、さらに彼を“連れて帰る”という奇跡も、不可能ではない。
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■ バジュラと歌、そして帰還への意志
バジュラは“想い”を感じる種族であり、歌によって意思を共有する。
『時の迷宮』で歌われたランカとシェリルのフォールドソングが、バジュラへと届き、彼らがアルトの存在を感じ取り――帰還を手助けしたと考えるのは自然ではないか。
その証拠に、『時の迷宮』ラストでは、紙飛行機がランカのもとに戻ってくる演出がある。
あの紙飛行機は、アルトの象徴だ。
つまり、あれは**“アルト帰還”の暗示**だったのではないか?
――いや、そうに違いない。そうであってくれ。
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■ そして、シェリルはいつ目覚めたのか?
よく語られるのは「劇場版『時の迷宮』のあと、シェリルは目を覚ましていた説」だ。
しかし、筆者としては以下のように考えたい。
『サヨナラノツバサ』のラストでランカはこう語った。
「私は信じている。いつかきっと、アルト君が帰ってきて、シェリルさんの目を覚ますと――」
このセリフを信じるならば、アルトの帰還が先、そしてシェリルの覚醒がその後という方が自然だ。
つまり――
・『時の迷宮』の歌に導かれ、アルトが帰還
↓
・アルトの存在を感じて、シェリルが目覚める
↓
・そして、今回のライブでふたりが“再び歌う”
この順序が、最も美しく、希望に満ちた解釈ではないだろうか。
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✈️ そして最後にひとつ、現実的な注釈
今回の考察では、デュランダルの保存状態については一切考慮していません。
最終決戦時のままなら、ボロボロで搭乗などできる状態ではないのは明白です。
しかし、戦いの功労者として整備されていた可能性もある。
なにより、「夢」を見るのがマクロスのファンなのだから。
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■ 結論:アルトは帰ってきた。歌が、彼を導いた。
これはただの演出ではなく、「歌が奇跡を起こした」物語の続き。
魂の井戸の向こうから、想いの力で帰還したアルトと、それに呼応するように目覚めたシェリル。
そして、それを信じて歌い続けたランカ。
マクロスFという物語は、まだ終わってなどいない。
むしろ今回のライブで、“新たな始まり”が提示されたのだ。
――以上、ランカ強火オタクによる、妄想と愛が詰まった考察でした☺️💭