さあ、ラスト前です。
最終戦闘開始に謎をどんどん明かしていくという回でした。
公式の予告はこちらから。
http://www.macrossf.com/story/story_list_24.html
今回はラストの1個前ということで、本当にすごい回でした。
作画も綺麗だし、戦闘もすさまじい。
その後ろにかかっている歌もすさまじいし、きっちり恋愛パートも欠かしていない。
序盤は残っていた謎をドンドン消化していき、ってこれはかなりハイペースでビックリでしたけど。
と、すごいすごい言っててもあれですし、実際に見てもらった方がいいでしょう。
なので、せっかくだから少し違う2つの視点で今回のことを書きます。
まずは歌の扱いについて。
マクロスシリーズは「歌」を作品の重点要素に持ってくることに成功した、また歌に色々な要素を組み込むことが出来た先駆者的な作品なのですが、その歌の使い方はそれぞれの作品で違っていたりします。
初代は和平の道具となり、Ⅱは指揮高揚と和平に、7ではエネルギーに、プラスでは洗脳(と洗脳解除)に、そしてゼロは遺跡の鍵と自然との調和に使われておりました。
マクロスシリーズは「歌」が3大要素の一つでありながら、これほどまで幅広く作用できているのは毎回見ているものを驚かせるものです。
さて、今作はどうかというと、基本的には蟲を操る道具というのがメインですが、他にはこれまでの集大成でした。
そのため、12話で和平のキラッ☆もやったり、ランカ・アタックもやりました。
しかし、この24話ではランカはプラスのシャロン・アップルのごとく歌で蟲の統率をとりもどさせます。(プラスを見た人ならこのシーンがシャロンのオマージュであることは気がつくことでしょう。)
そして、シェリル・アタックをやぶっていくわけです。
そう、まさしく歌vs歌。
こんなことが出来るのはマクロスくらいではないでしょうか。
まあ勝敗に関しては蟲の統率とフォールドクォーツの力の差によるので歌自体の力ではないですが、それにしても歌に歌をぶつけるということ自体が面白いのではないでしょうか。
あのマクロス以来色々なアニメで歌が重要視されていますが、また再認識させられるのではないでしょうか。
もう一つの視点、これがまさしく今回のマクロスの裏側ですごいところだと思うのですが、意識の共有について。
実はエヴァンゲリオンがもっとも象徴的ですが、アニメにおいて他人との意識を共有し壁を取り払うというのは一つのブームとも言える悪役(?)の理想像です。
エヴァではそれが最後はシンジにゆだねられるし、コードギアスのこの間の回ではシャルル皇帝がこれを望み、ルルーシュがギアスで拒否するということをやってのけました。
アニメやゲームでしか表現しづらいということと、エヴァの時代性とマッチしたあたりから非常に使われていますね。
実は今回のマクロスFでもグレイスの目的には意識の共有を行い、その頂点に立つということが裏の目的にあることがわかりました。
もちろんビルラーやレオンもそれに近い考えのようですが、こちらは微妙にずれがあるかもしれませんね。
でも、これまでの作品とは明らかに違和感なく入り込めたのではないでしょうか。
さて、この意識の共有は精神論的な側面が大きいため、非常に神々しい力で実現というのがメインでした。
アニメ的といえばそうなのですが、絵柄が非常に神秘的になるかわりに、ありえね~~と言った感じも受けるものでした。
ところが、マクロスFではこのような神秘的な面を排除しております。
フォールドクォーツという存在しないバジュラの鉱物を使用しているのですが、もし他とタイムラグナなしの通信を行うことができたなら、その技術を応用すれば意識の共有を行うことが出来るというようにしております。
そう、これまで神秘的で済ましていた内容を擬似的ながら科学的側面に落とし込むことが出来ているのです。
なので、「しょせんアニメ」とか「ありえね~」とかよりも、「実際にありそうだよね」という感じになっているのです。
このような考えが今までなかったわけではないですが、これだけ大ヒットになっているアニメでやってのけたことは今後の一つの転換期になる可能性のある内容だと思われます。
最終回の流れ次第と言うのはもちろんありますが、これまでの各マクロス作品同様、アニメに一石を投じるすばらしい作品であることはこの回を見ただけでも感じられました。