気功整体 善博

気功整体 善博

..........................感じたこと..........................

Amebaでブログを始めよう!

 私たちは、何のために生きているのでしょう。

 生存すること、子孫繁栄のため、

 生物学的には、種の存続のためになるのでしょうか、

 私たちは生きて、子孫が残っていくことに価値を感じます。


 


 私たちが生きていく上で、どうしてもやらなければならない

 としている生きていくための目的はなんでしょう、

 私たちは自覚してなくとも、常に成長を望んでいます。

 成長のために、時に自分の長所を伸ばすことに心がけています。


 例えば、自分の長所をどのように伸ばすか?

 その時の自分で出した答えが、資格試験を受けてキャリアアップ

すること、であったとします。

 そして、その試験は自分にとってはかなり合格の可能性が低い

とします。

 それは、合否が五分五分に感じられるほどです。

 試験に落ちたら、負けたような気分になると感じながら、実は

 私たちは本質的に、楽しくて仕方ない状況なのです。


 私たちの本質は改善することで、生の意義を感じています。

 そこに、勝ち負けのゲームが加わると楽しめるのです。

 だから、私たちは競争とゲームが大好きなのです。

 これは、一生手放せません。


 

 私たちに大きな目的となる改善ですが、パソコンのゲームで高得点
 がだせるようになった。
 教え子が優秀になった。
 など、自分以外のことが改善されても納得できるし、たとえ何の価値
 の無い改善であったとしても、そこに価値を感じられるのです。
 なぜなら、私たちの至上命題は改善だからです。


その上、私たちは、個人個人で生きる美学があります。

美にそれぞれの価値観を持って生きています。

美を否定できる人はいません。

また、ゲーム・競争・生存・改善を否定すると人生の狂いが生じます。

 私たちの価値観は、この4つのバランスで決まり、それにより行動も

 決まります。







唐突ですが、人間の本質は善です。

つまり、悪いことをしたと感じると罪悪感が沸きます。
それでは、世の中には、悪事の限りを尽くしても平気な顔を
している人が大勢いるのはどうして?・・・
という疑問も起きますが、
それは、本人がそのことをどうにか肯定できている、または
本当は心の奥では苦しんでいるということがあります。

 そして、その罪悪感を沢山抱えていたり、それが大きくなる
と、耐えられなくなり、その罪悪感を見ないようにして耐えら
れるようにします。
その作業は精神領域で行われ、そのことにエネルギーが多く使
われると、意識レベルや思考能力が下がります。
ときたま、ボーッとする時間が増えてきたり、時には視野が狭く
なる、色がはっきり見えないなどのことが起きたりします。

 罪悪感に耐えられなくなれば、体調にまで影響を及ぼします。
突然、耳が聞こえなくなる。
ということが起きたら、それが、罪悪感のせいだと信じられま
すか?
 ある20代の女性は幼い時のある日突然、耳が聞こえなくなりま
した。
病院に行ったら、機能的には全然問題は無い、ということで、何か
精神的な問題ではないか、という診断でした。
 思い当たることは、幼い時にいつも父親から何かにつけ叱責を
受けていて、それが耐えられなくなり、気がついたらいつの間にか耳が聞こえなくなっていたそうです。

父親の意見(叱責)もキチンと聞かなければならない、という思い
があり、それとは反対に、その叱責から逃れたいという思いも強く
ありました、そのことが罪悪感を生み続け、ついには耐えられなくなり、身体の機能を一部停止しなければ、精神活動や意識レベルを維持していけなくなったものと思われます。
 

罪悪感は善悪の判断の結果として起こるものです、それは理性のある証ですが、その理性が時として私たちの身体にまで影響してしまう、諸刃の剣となってしまうこともあるのです。

人間の本質は改善と向上になります。

  ですから、私たちは常によい意味で

  変化・向上を望んでいます。

  私たちは今の現状を、良い意味で変革して

いきたいという思いを常に持っています。

  そうは言っても、昨日と同じ時間に起きて

  同じように1日過ごして、同じ時間に寝る

  この繰り返しでは、一向に変化は望めないと

  いう状況の人も多いのではないでしょうか。

  そのくせ、改善と向上の欲求が満たされない

  まま日々が過ぎていくことになったとしたら、

  私たちは、その思いを、ゲームやスポーツ観戦などで、

  自分の願望を他の媒体に置き換えて、一時的に

満足して誤魔化してしまうことになるのでしょうか?

  でも、それでも満足できたらいいのですが、

  それだけでは心の奥では、「満たされない思い

  が本当はあるのです、」という声が聞こえて

  きそうです。

   それなら、どうすれば良いのでしょうか?

  ある著名なミリオネアの方が言っていましたが

  「いつもと同じ生活(行動)をしていたら何も

  変わらない、行動を変えるのだ、大抵の人は行動

  は変えられるが、1~2日しか出来ない、だから

  何も変わらないんだ、」と、

  そう言われてみると、そうなのかもしれません、

  まったく行動を変えることは、意外に大変なのかもしれ

  ません。闇雲に行動を変えると危険な場合もありま

すし、また慣れた行動パターンは安全であるという

認識がありますから、私たちの防衛本能が安全な行動

を無意識に行おうとして、突然、今までとは違う行動

をとることに強い抵抗があるのはしかたのないことなの

かもしれません。

私たちには、何か物事に対して同じ様に感じて、同じ様

に反応してしまう、といったお決まりの行動パターンは

ありませんか?

行動の前の感じ方を変えられれば、行動も変えられるの

ではないでしょうか、物事の受け取り方の問題もあるか

もしれません、

もちろん、性格も関係しているでしょう。

 性格はなかなか変えられない、ということも言われますが、

 それだけではないはずです。

 行動を変えるには、変えたいという意識の強さがないと始ま

りません。

その決意は、事故に見舞われたり、詐欺にあったり、病気に

なったりして芽生えることもあります。

 行動の変革の前には「決意」が必要です。

 誰かが言っていましたが、「小さなことからコツコツと、」で

はないですが、いきなり変えずに少しずつ行動を変えていく

というのも一つの方法かもしれません。

そこまでして変えなくてもいいのでは、今まで通りで充分満足

だよ、という声もありそうですが、

 私たちの本質は改善と向上を常に欲しているので、改善

と向上のない生活では満たされないのは必然なのです。