


「あの、僕は、今日、この場にいらっしゃった皆様の怯みが少しでも、何と言うか、うまく言えないんですけど、これでいいんだって思えるように、野田山先生にお話ししていただきたいと思っていました。
思っていたんですけど…。
上手く伝えられるか分かりませんが、僕に少し時間をください。
ありがとうございます。
皆さん、子育てされている方、ばかりだと思います。
あの、私事ですが、私にも3月に子供が産まれました。
親になって初めて、どれだけ子供が愛おしいかを知りました。
大抵のお父さんには仕事があるから、ものすごく頑張って、必死になって作らないと、子供と過ごす時間はないのかもしれないって、そんなことに気が付いた時に僕は、お父さんたちのいろんな悩みを知りました。
例えば…
・これからがキャリアの正念場という時に、育休を取りました。だけど、この時期のブランクは今後に影響する。そう考えると、育休は本当に家族のためになるのかどうか考えてしまいます。
・妻が高熱を出したので定時に上がって、保育園に子供を迎えに行き風呂に入れ夕飯を食べさせました。ふと電話を見ると、上司から着信が10回以上ありました。『電話に出ろ!仕事はどうした!』という怒鳴り声が留守電に残されていました。
皆さん、仕事と家庭の板挟みで、辛さだったり、苦しさを感じてるんだなぁって。
そういうお父さんたちに伝えたいことが沢山あって、野田山先生と何度も打ち合わせしているうちに、私は先生がここでお話ししようとされていたことを、いつの間にか覚えてしまいました。
先生の言葉ですが、私からお話しさせてください。
10年後には、ある程度の子育てが終わっていて、仕事に専念できる日々を送っていることでしょう。
だけど、その頃にはもう、僕たちの腕の中には、膝の上には、必死でシャツにしがみつきながらよじ登ってくる、小さなあの子は、いません。
どこまでもまとわりついてきて、やることなすこと全部邪魔してくる、小さなあの子は、いません。
仕事で外回りに出る暑い夏の日、ふと空を見上げた時、あの日の青空を思い出して、過ぎてしまった時間の愛おしさを知ることでしょう。
汗の匂い、ミルクの匂い、粉々になったクッキーのカス、小さなぬいぐるみ、泥だらけの靴下、おしっこの失敗してしまったズボン、カレーまみれのシャツ、『パパー!』とあなたを探す声、バタバタと走る足音、『おかえりー』と響く声、廊下を横切る小さな姿。
それは、今の僕たちの、日常にあるものです。
だけど、その日常こそが、特別なんです。
一生のうちの、たかが数年間の出来事なんです。
その数年間に、過ぎ行く今に、数え切れないほどの愛おしさが、死ぬまで忘れられないほどの思い出が、沢山ちりばめられてる。
僕たちは、これから一生、どこにいても何があっても、子を想い、心配し、愛し続け…
だけど、この腕の中で、膝の上で、『パパー!』と見上げてくるあの子を、ギュッと抱きしめられる時間は、とても、とても短い。
あの、あの、私は思います。
仕事は大切です。
生きていくために必要です。
頑張らなければならない場面もあります。
男にとっては、自分の存在意義を感じられる場所かもしれません。
だけど、私たちは、親になって知ったはずです。
自分の命よりも大切な存在が、この世にあることを。
子供は未来に向かって羽ばたいていきます。
子を育てるということは、未来を育てるということなんです。
豊かな人生とは、どんな人生なのか。
たった1度しかない人生を、ちょっと立ち止まって、考えてみてもいいんじゃないかなぁと。
私の妻は心配しています。
私が、本当は仕事を頑張りたいのに無理をしてるんじゃないかなぁと。
思い返せば1年前、私は妻に言いました。
『僕は、仕事ができません。僕はあなたの理想の夫からは程遠い夫なんです。』
そんな情けない僕に、妻は『一緒に頑張ろう。』って言ってくれました。
僕は、妻がいたから、妻の助けがあって、仕事を頑張れました。
大きな仕事も任せてもらえるようになりました。
だけど、そうなって初めて、うん、僕は仕事より大切なものに気が付いてしまったんです。
仕事は、楽しいです。
もちろん頑張りたいと思っています。
だけど、どうしても、僕の人生の中で仕事が1番に来ないんですよね。
どうしても、どうしても、家族が1番に来てしまうんです。
社会人として、誰かのために頑張りたい、役に立ちたい、それも本音です。
だけどやっぱり、家族が1番で。
仕事を1番に考えられない人間は、もしかしたら社会では『出来ない人』と呼ばれてしまうのかもしれません。
だとしたら、僕は胸を張って妻に言います。
僕は、仕事ができません。」
