まぁ罪深い独身ですけど
こういうの気持ち悪い 理解できないのならスルーお願いします
わたしの愛した「しゃち」
しゃちにもらったもの
たくさんありますが最初
手袋しないわたしの癖に馬油
そして
最後にもらったものが
わたしの食道痙攣の頓服を入れるロケットペンダント
しゃちはいつもわたしのことを考えてくれていた
わたしのすべてを
わたしがいつも言ってた
今の立場にあぐらをかいてのほほんとはなりたくはないの
その通りなったのはわたしだったね
しゃちはいつもわたしを想い
自分のこと以上にわたしを想ってくれていたと思う
わたしに仕事を教えてくれ
認められ仕事の喜びを与えてくれたしゃち
資格を取るのにも一生懸命にしてくれたしゃち
しゃちには奥さんがいる
でも しゃちはわたしの人生に添いてくれた
いつも いつでもわたしの側にいてくれた
なのに
姉が亡くなり 絶縁していた両親の認知症を知り 帰った家はゴミ屋敷 わたしが居なくなって荒れた家 最愛の父に至っては入院していたがそれまで誰にも気付かれず床ずれができるほど起き上がれなかったらしい
わたしは全部受け入れようと思った
それと同時に苦しみもあった
姉の死
認知症の両親
ゴミ屋敷
父の結核の疑いの入院
母は無気力で寝てばかり
ちょうどお盆休みで自分のすべきことは考えられた しゃちから軽トラを借りて片付けも早々に始められた
そんなある日家に帰るといい匂いがした
しゃちが慣れない手つきで炊き込みごはんを作ってくれてた
嬉しくて幸せで心が楽になった
どんなことがあってもわたしの癒しはしゃちの存在だった
だけどわたしはそれをうまく言えなかった
父まで失うと思ったわたしは
しゃちを独り占め…しゃちの心がわたしだけに向いて欲しかった
早く離婚届けを出して
早くわたしだけのものになって
わたしだけのしゃちになって と
わたしはもうおかしくなってたのかもしれない
なにも見えなかった
しゃちのこと失いたくなかった
それで嫌われて終わった
わたしは手切れ金なのかたいそうな退職金をもらった
お金とはすごい力で どんなに辛くても苦しくても帯を巻いたお金を見るたびに涙は出なかった
今は少し違うけど…
あれから約20日
母はデイケアを週3回受け 楽しそうだ
父はリハビリを始めているらしい
母は介護3 父は介護5
この先どうなるのか…どうなってもわたしは側にいたいと願う
仕事は…
いろんなこと考えたけどやはりしゃちの会社がわたしには1番でしたから他では勤められないと
だったら…独立しかないと思う
忙しいところの応援 One dayのみ
今は両親事に時間を取られるので曖昧な働き時間として
しゃちのことは…今になって思い出す
だけど
しゃちの顔が思い出せないのです
思い出すしゃちは冬のジャンパーを着て他の人に指示してる姿
一緒に暮らしてた時のしゃちはどうしても思い出せなくて
これは脳の優しさなんだね
でも思い出せないのもとても辛いんだけどね
姉の死
両親のこと
恋人との離別
失職
あんまこれ以上の苦しさは無いと思うのでここからは這い上がるしかないと思ったら頑張っていけそうな気がします
ブログに訪れ読んでくださりありがとうございました
しゃち!
わたしのブログの存在も知らないしゃちにここで伝えさせていただきます
しゃち
ありがとう
しゃちにしてもらったこと
すべて覚えています
どれも優しい想いに包まれていました
わたしは愛されていた
わたしも愛していた
ありがとう
終わり悪ければすべて悪し
そう言われても仕方ないですが
わたしとのことの中に少しだけでもいい思い出を見いだせていただければ幸いです
しゃち
しゃち
しゃちだいすき
しゃち
しゃち
愛していました
ありがとう
ありがとう
ありがとう
しゃち
さようなら
