私の大好きなお母さんが、
「不正出血があった」とのこと。
もしかしたら、子宮がん??
不安だったので、お母さんを近くの病院に
検査を受けに行かせました。
私は仕事だったため、連絡待ち。
待てど暮らせど来ないから、
心配してこっちから先制メールを送る。
「どうだった??」
すると、すぐにメールが返ってきた、
「結果は来週だしMRIまで来週土曜日に撮ることに。
もし癌であっても一期だから
手術したとしても化学療法も放射線治療も
しなくていいんだって。
知り合いの人は二期だったらしいよ」
その場で安心できるような返事ではありませんでした。
家に早く帰りたい、そう思ったんですけど、
帰ったら帰ったで、やはりそわそわ。
お母さんはいつも通り、
お父さんとは夫婦喧嘩中だから、口も聞かない。
(お父さんが家事を手伝ってくれないという理由で、
本日3日目の冷戦です。)
お母さんは、お父さんを通り越して私に、
今日の出来事を話してくれました。
メールで見た内容を詳しく教えてくれるものでしたが、
やはり心配で心配で仕方がない。
私がここまで家族の心配をするようになったのは、
ちょうど前の4月あたりのことでした。
その時は、お父さんが「血便が出た」と騒いだのです。
血便=大腸癌だと思っていた私。
検査を受けに行くように何度も言いましたが、
病院嫌いのお父さんは、聞く耳を持ちませんでした。
その日は仕事で、出勤前の出来事だったのですが、
私が泣いたところで、ようやく重い腰を上げたお父さん。
結果は何ともなかったようですが・・・
病院からは曖昧な返答だったため、
そこまで安心もできませんでした。
今は血便の症状はないようで、
何もなければいいのですが・・・と思いながら。
しかし、この出来事で、家族と向き合う時間を
大切にするようになりました。
「親は一生ではない」
これを常々頭に入れて、生きてきたつもりです。
だから、いつ両親が亡くなっても、
後悔しないように、毎日を過ごすようにしよう。
このように意識をして生きてきたつもりですが。
お母さんの「ひょっとしたら癌かも宣告」を受けた時、
非常にショックでした。
気が早いですが、色々なことを考えました。
まだ旅行行っていないのに。
まだ結婚していないのに。
まだ子ども生んでいないのに。
そう思っただけで、涙腺崩壊寸前です。
お母さんの前では泣かないようにしていたのですが、
お母さんを見た途端、大泣きしました。
人の前では泣かないようにしている私が、
遠慮なしに大泣きしてしまったのです。
「大丈夫だって!」
「最低5年は生きるから大丈夫でしょ!」
なんて言うけど、その元気も
強がりな気がして、余計大泣きしました。
(後々、「癌かもしれない宣告を受けても
そこまでショックは受けない」とは行っていましたがね)
今日は、そんな出来事の次の日ですが、
ようやく私の心が落ち着いてきた頃です。
(勿論、まだ気は抜けない状態ですが)
まだ結果ももらっていないので、
余計な想像をすることは極力控えるようにしています。
悲しんだり喜んだりするのは、
結果が出てからにしようかと思っています。
ただ、その結果が分かるのが9日後だから、
それまでは気が気でない状態なんですけどね。
今、私にできることは、
子宮癌がどういうものかを調べることと、
もし癌だとしたら、私に何ができるか、
行いを良くすること。
これしかできないと思うんです。
これを絶対怠らず、
9日間を待ちたいと思いました。