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不安神経症のお姑さん

心の病気…『不安神経症、パニック障害』になってしまった、お姑さんとの治療日記です。

と言っても、そんなに暗い毎日ではなく、おかしな事もおこる、治療日記なので気軽に見て頂けたらと、思っています♪

家族全員(嫁の私、主人、義理のお父さん)と義理のお母さん、の4人で

お母さんの「不安神経症」を治すべく、心療内科へ通い始めて3ヶ月ほど経った頃

治療を開始してから、初めての進歩があった。


いつものように、お母さんからの電話。

その内容は、いつもと変わらず、

「自分になにが起きているのかわからない」

「だれも友達がいないからさみしい」

「薬は飲むのはいやだ」

「皆に申し訳ないと思っている」

「私からの電話は迷惑?」

「私の事、嫌い?」

「病気って言われても・・・」


と、心療内科の専門医に「不安神経症です」と診断されていても、未だ理解出来ていない様子。

理解出来ていないから、「病気治すぞ!」という意欲もない。


この3ヶ月、何をどー説明しても、そして、どんなに怒鳴っても、お母さんには全く効果がない。


お母さん自身の「変なとこ」(←語弊があったらごめんなさい)を再確認させる。

「今、玄関から1歩も出られないよね?」

「部屋の壁をつたって歩かなきゃならないよね?」

「電車やバスにも乗れないよね?」

「家に誰かいないと、お風呂入れないよね?」

「水道水飲めないよね?」

「その他たっくさん出来ない事があるよね?」

「なんで?普通の人間なら努力をしなくても出来る事が出来ないのはなんで?」

と、私は電話で、なぜなんだ!と問い詰めた。


こんな電話のやりとりは日常茶飯事。

なんど同じ話しをしたか、数えきれない。


返事も毎回同じ、

「なんでか私もわからないけど!病気って言われても・・・ちょっと変わり者なだけで・・・」

と、相変わらず自分の状況がわかってない。


ここで、私は「プッツーン!!!!!!!!」キレた。


「いーかげんにしてよ!60過ぎた健康なババぁが、1人で近所のスーパーに買い物に行かれないって、なんなんだよ!あまったれんのもいい加減にしてよ!全く情けない!自分でどー思うよ!自分だけが不幸みたいな悲劇のヒロイン気取ってんじゃないよ!みんな頑張って生きてんだよ!不満だらけの毎日生きてんだよ!嫌な事なんて、毎日毎日あるんだよ!朝からボケ~ぇとテレビの前に座って1日終わらせて、これまたボケーぇとしてっから頭の中が暇すぎて、しょーもない事ばっか、過去の嫌な出来事とか考えて暗くなって!バッカじゃないの!人間みんな1つや2つ辛い過去なんてあるんだよ!だからなんだよ!浸ってんじゃねーよ!過去のせいにしてんじゃねーよ!お母さんより不幸な人間なんて、五万といるわ!

そーやって、立ち止まってその無駄に過ごしてるお母さんの時間ちょーだいよ!私は子育てに家事に、時間が足りなくて仕方ないよ!人間みんな平等に時間は与えられてるんだよ!しょーもない時間の使い方してんじゃねーよ!出掛けたくても出掛けらんないお母さんよりもずーとずーと不幸な人なんていっぱいいるんだよ!ここまで嫁の私に言われて悔しくないの?悔しかったなどーにかしなさいよ!」


とまぁ、こんな感じだったかな、、、とにかくキレた私。

荒治療もいいとこだ。でも、私はお母さんの「根性があって、負けず嫌いな性格」にかけた。


結果は大成功


お母さんはよっぽど悔しかったのだろう、

「わかったわよ!今からスーパー行ってくる!お買い物行ってくる!」と言い放つと、

ガチャリ!電話を切った。


30分後、再びお母さんからの電話


私はこんなに長く感じた30分は、初めてだった。


「行ってこれた~ぁ」お母さんの第一声。


私はものすごく嬉しかった!「すっごいじゃん!!!!お母さんすごいじゃん!」

と、言いながら、泣いた。


お母さんも少し涙声だったかな?「自分でも信じられな~い、、、私スーパー行けたねぇ、、」

「なんか、よくわかんないけど、、、すごい達成感がある!」とお母さん。


近所のスーパーへ買い物に行く事、普通に考えたら、、、そぉ普通の事で、なにも努力がいらない事。

しかし、お母さんがこの日、近所のスーパーへ買い物に行った事で、

お母さんの重症さを、私は再認識出来た。普通の事が出来なくて、普通の事をやろうとする時にとてつもないエネルギーがいる事、普通の事が出来た時の感動。この3つがそれをわからせてくれた。


お母さんの出来ない事リストを書いたら、きりがない。だから、「近所のスーパーへ行く」なんて小さな1歩過ぎないと思っていたが、実はこれが、この後の治療にとってはとても大きな1歩だった。