おはようございます!
窪田です(=゚ω゚)ノ
この間休みの日に
またまたラコリーナ近江八幡に
いってきました!!笑

やっぱり何回行っても
景色が綺麗で
スイーツは美味しくて
癒されますね♪
今回はカステラの
ドリンクセットにしました!
カステラはもっちりふわふわ
甘すぎず量もちょうど良かったです♪
建物の中に
新しく地図が貼り出されてて
また新店ができるみたいで
何ができるのか今から
凄く楽しみですヾ(°∀° )/
10月14日 鉄道の日
1872(明治5)年9月12日、新暦の10月14日、新橋~横浜間に日本初の鉄道が開通しました。
歩くと1日かかった新橋~横浜間を53分で走りました。
「やえもん」の愛称で知られる1号機関車は現在、東京・秋葉原の交通博物館にあります。
→ 国土交通省
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PTA結成の日
1952(昭和26)年、PTAの全国組織、日本父母と先生全国協議会(現在の日本PTA全国協議会)が結成されました。
→ 日本PTA全国協議会
世界標準の日
国際標準化機構(ISO)と国際電気標準会議(IEC)が制定。
世界標準を策定した人たちに感謝し、労をねぎらう日。
アメリカ合衆国では10月11日、フィンランドでは10月13日、イタリアでは10月18日をそれぞれ世界標準の日と定めています。
10月13日 サツマイモの日
「栗(九里)より(四里)うまい十三里(9+4=13)」の「十三里」とはサツマイモの異名で、江戸から十三里(約52㎞)離れたところにある川越のサツマイモがおいしかったことから生まれた言葉です。
そこから、埼玉県川越市の市民グループ・川越いも友の会がサツマイモが旬でもある10月に、この日を記念日に制定しました。
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やきいもの昔話
なぞかけの焼きいも屋
| ♪音声配信(html5) |
| 朗読者 : おはなしや |
むかしむかし、ある町に、屋台の焼きいも屋が現れました。
「えー、八里半の焼きいも~ 焼きたての、八里半の焼きいもだよ~」
焼きいも好きな男がこれを聞いて、焼きいも屋に声をかけました。
「おーい、焼きいも売り。八里半の焼きいもとやらを、もらおうじゃないか」
「へい、ありがとうございます」
「しかし、八里半の焼きいもとは、何のことだ?」
「へい。この焼きいもの味が、クリ(九里→くり)に近いという、なぞかけでごぜえますだ」
「なるほど。九里から少し引いて、八里半か。うまい事を言うな。よし、一本たのむよ」
「へい。まいどあり」
男が八里半の焼きいもを割ってみると、確かにクリの様に黄色くておいしそうです。
けれども食べてみると、クリほどはおいしくありませんでした。
「確かに、うまいはうまいが、クリにはおよばねえな。名前通りだ」
男が歩いて行くと、別の焼きいも屋がありました。
「えー、九里半の焼きいもはいかがですか~ 焼きたての九里半の焼きいも~」
「おーい、焼きいも屋。九里半の焼きいもとやらを、もらおうじゃないか。ところで、九里半とは何のことだ?」
「へい、クリより、半里もうまいという、なぞかけですだ」
「ほほう、それで九里半か」
男が食べてみると、確かにあまくて、クリよりおいしい焼きいもでした。
「ああ、うまかった。さすが九里半だ。名前通りだ」
男がさらに歩いて行くと、また別の焼きいも屋がやって来ました。
「えー、十里の焼きいもはいかがですか~ 焼きたての十里の焼きいも~」
「焼きいも屋。十里の焼きいもとは、何の事だ?」
「ああっ、説明するよりも、食って見りゃわかるだ」
今度の焼きいも屋は、えらく態度の悪い焼きいも屋です。
(まあ、八里半、九里半と来て、どんどんうまくなっているから、この十里の焼きいもは、もっとうまい焼きいもにちがいない)
男はそう思って十里の焼きいもを食べてみたのですが、いもが悪いのか固くてゴリゴリしています。
とてもまずくて、食べられたものではありません。
「なんだい、このまずい焼きいもは! ゴリゴリして、食えたもんじゃないぞ!」
男が文句をいうと、焼きいも屋はすました顔で言いました。
「だから、十里と言っただろう。五里(ゴリ)と五里(ゴリ)で十里。焼きいもがゴリゴリしていてあたり前だ」
「なるほど、確かに名前通りだ」
おしまい
引越しの日
引越専門協同組合連合会関東ブロック会が1989(平成元)年に制定。
1868(明治元)年、明治天皇が京都御所から江戸城(現在の皇居)に入城されました。
→ 全国引越専門協同組合連合会
麻酔の日
日本麻酔科学会が制定。
1804年、華岡青州が世界で初めて全身麻酔による乳癌手術を成功させました。
→ 日本麻酔科学会
10月12日 たまごデー
1492(明応元)年のこの日、コロンブスがサンサルヴァドル島に上陸しました(アメリカ大陸発見)。
欧米ではコロンブスデーと呼ばれています。
コロンブスといえば、卵を潰して立てた逸話が有名。
そんなところから、いつしかたまごデーといわれるようになったようです。
コロンブスは西周りの航海でジパング(日本)とインドを目指したもので、最初の到達地がインドだったと亡くなるまで信じていたそうです。
タマゴに関する昔話
タマゴから生まれたお坊さん
(大阪の民話)
福娘童話集より
むかしむかし、行基(ぎょうき)というえらいお坊さんがいました。
行基は生まれ故郷である大阪やその近くで、弟子やたくさんの信者(しんじゃ)たちと一緒に橋や道などをなおしました。
また、まずしい人たちのために無料の宿泊所(しゅくはくじょ)をつくり、その数だけでも三十にのぼったといいます。
多くの人たちのしあわせと、世の中のためにつくした行基は、五十七歳になった天平十七年(七四五年)、お坊さんで一番高い位の大僧正(だいそうじょう)をさずけられました。
橋などがこわれて人々がこまっているときくと、すぐにそこへでかけていって修理をします。
行基がいくところ、いつも千人もの信者たちがあとにつづいて、工事を手伝っていたといわれています。
さて、行基がふるさとに帰ったときの事です。
池で魚をとって食べていた若者たちが、
「お坊さんというのは生の魚を食べないものだというが、どうだ。ためしてみよう」
と、イタズラを思いたちました。
そして行基に、魚をうすぎりにしてお酢につけたなますをつくってすすめました。
行基はいただいてお礼をいうと、そのなますを口にいれてかんでから、すぐにかたわらの池へいってはきだしました。
するとなますは、たくさんの小さな魚になって水の中を泳ぎだしたのです。
ビックリした若者たちは、自分たちがしたイタズラをはずかしく思い、行基に心からあやまったのでした。
さて、この行基というお坊さんは、ふつうの赤ちゃんよりも二か月も長く、お母さんのおなかにいて、やっと生まれたといわれます。
それと不思議な事に、生まれるときにお母さんのおなかの中からでてきたのは、なんと丸いタマゴだったのです。
両親はおどろきましたが、かといって、そのタマゴをすてるわけにもいかず、鉢(はち)にいれて家の門の前にあるエノキの木の枝につるしておきました。
そして夕方になると、そのタマゴから赤ちゃんの泣き声がきこえてきたのです。
両親が赤ちゃんを家の前にすてていった人がいるのかと思って、いそいでいってみると、木の枝につるした鉢の中の卵がわれて、男の赤ちゃんが生まれていたという事です。
おしまい![]()
豆乳の日
日本豆乳協会が制定。
10月は「体育の日」がある月で、12日は「とう(10)にゅう(2)」の語呂合せ。
→ 日本豆乳協会