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マックムールのブログ

マックムールのブログへようこそ

東大阪のパチンコ店の日々の素顔が見れるブログだよ

おはようございます!
窪田です(=゚ω゚)ノ


この間、愛犬の写真を
撮りまくってたら
めちゃめちゃ可愛いのが
撮れたので
久々に載っけたいと思います♪


毛布にくるまって
顔だけ出して寝てたんですー

 


写真撮ったら
シャッター音で起きて
少し機嫌が悪そうでした。笑

 


 

めちゃめちゃ可愛くないですか!?笑


わんこには悪い事しましたが
可愛い写真が撮れて良かったです(o´罒`o)♪笑


 

11月13日 うるしの日

11月13日 うるしの日

 文徳(もんとく)天皇の第一皇子惟喬(これたか)親王が京都・嵐山の法輪寺に参篭し、虚空蔵菩薩からうるしの製法、漆器の製造法を伝授されたのがこの日であるとされていることから、1985(昭和60)年に日本漆工協会が制定しました。
 日本の伝統文化であるうるしの美しさを今一度見直して日本の心を呼び戻すことを目的にしています。

 

 

うるしに関する昔話
(栃木県の民話)

たましいの入った竜
福娘童話集より

♪音声配信(html5)
朗読者 : スタヂオせんむ

 むかしむかし、宇都宮(うつのみや)に、うるし商人の武太夫(たけだゆう)という男がいました。
 武太夫は大金持ちでしたが、それにはわけがありました。
 数年前のある日、山奥の谷川のふちの底に、大量のうるしを見つけたのです。
 うるしは、うるしの木の皮から取れる汁で、おわんなどのぬり物につかわれます。
 そのうるしが長いあいだ水に運ばれて、ふちの底にたまったのです。
 うるしは高価な物で、無断で取ることを禁じられていましたが、武太夫はこの谷川の底のうるしを少しずつ売り、大金持ちになったのです。
 武太夫は秘密のうるしを、いつまでも自分だけのものにしておきたいと思いました。
 それで腕の良い細工師(さいくし)に、恐ろしいの細工をつくらせて、人が怖がってよりつかないように、うるしのあるふちの底に沈めたのでした。
 しばらくすると竜の細工は、上流から流れてくるうるしや水あかなどがついて、本物の竜のようになっていました。
 ある時、武太夫は十四歳になる一人息子の武助(たけすけ)を連れて、山奥のふちへいきました。
 そして、うるしの秘密を話すと、
「このうるしは、わしらだけのものじゃ。わざわざ木を切りつけて汁を取らなくても、いくらでもここへたまっておる。いいか、わしがするのをよく見て、うるし取りの練習をするんだぞ」
 武太夫は息子にいいきかせて、親子でふちへ入っていきました。
 すると竜の細工が、とつぜん頭を動かしたのです。
「おとう! 竜が! 竜が動いた!」
「何を馬鹿な。水の動きで、そう見えるだけだ」
と、 武太夫は言ったものの、見てみると、竜が大きな口を開けて、息子に襲いかかったのです。
 細工の竜は水の中にいるうちに魂が入って、いつしか本物の竜になっていたのです。
 あわてた武太夫は息子を助けようとしましたが、竜が相手ではどうにもなりません。
「武助ー!」
「おとうー!」
 やがてふちの水の上に、二つの死体が浮かびあがって下流へ流れていきました。
 二人の死体は二日目になって、村に近い川原で引き上げられました。
 取り調べの結果、武太夫はうるしの盗み取りをしていたことがわかりました。
 そして罰(ばつ)として、新しく建てたばかりの家や財産は、全て取り上げられてしまったのです。
 あとに残された武太夫の父親と奥さんは、とても貧しい生活を送ったという事です。

※ 宮城県にも、同じような民話があります。 →  生きている竜

おしまい

他の記念日

いいひざの日
 ゼリア新薬が制定。
 「いい(11)ひざ(13)」の語呂合せ。

 → ゼリア新薬

茨城県民の日
 茨城県が1968(昭和43)年に制定。
 1871(明治4)年、廃藩置県によって茨城県が誕生しました。
 郷土の歴史を知り、より豊かな暮しと県の発展を願い、茨城の現在・過去・未来を見詰め直す日。

どーも!さっくんです( ˙ω˙ )💓
長期休み頂いて地元に
帰らせて頂きましたー!(笑)

もう、毎日遊びまくって
久々の地元最高の息抜きでした🙏

相変わらず、皆変わってなくて
元気そうでなにより💓(笑)

次はいつ帰れるか分かりませんが
会える事を楽しみに
日々頑張りたいと思います👌

そして、やっぱり長野県は
寒かった。(笑)

でわ、また〜〜( ˙ω˙ )

11月12日 洋服記念日

11月12日 洋服記念日

 1872(明治5)年のこの日、「礼服には洋服を採用す」という太政官布告が出されました。
 これは、公家・武家、いわゆる裃(かみしも)や束帯(そくたい)などの和式の礼服を廃止し、洋服の使用を促進するというもの。
 全日本洋服共同組合連合会が1972(昭和47)年に制定。

 

 

洋服に関する昔話
(スペインの昔話 →国情報)

みえないきもの
福娘童話集より

 むかしむかし、三人のサギ師がいました。
 いつもいつも、じょうずに、うそをついては、人の物をとっていたのです。
 あるとき、三人のサギ師は、王さまのところへいって、いいました。
「王さま。わたくしたちは、とてもふしぎな布を、おることができます」
「ほう、どのような布じゃ?」
「ほんとうのむすこには見えますが、にせもののむすこには見えないという、ふしぎな布でございます」
 王さまは、びっくりしました。
「ほんとうに、そのような布がおれるのか?」
「はい。ほんとうに、おれます」
 王さまは、すっかり感心しました。
 そのころ、この国では、おとうさんが死ぬと、そのあとをついで、家や、土地や、お金をもらえるのは、ほんとうのむすこだけ、ということになっていました。
「そういう便利な布があれば、だれがほんとうのむすこか、はっきりわかるわけだ。そして、ずるいにせものを、かんたんに見つけることもできるぞ」
 そこで王さまは、三人のサギ師に、金や、銀や、絹をたくさんやって、そのふしぎな布をおらせることにしました。
 サギ師たちは、お城の中の一へやに入って、布をおりはじめました。
 四、五日たつと、三人はいいました。
「王さま。世界一めずらしい布がだんだん、できてまいりました。一度、ごらんになってください」
(わしは、まちがいなく、まえの王さまの、ほんとうのむすこだ)
と、王さまは思っていました。
 でも、なんとなく、心配です。
 そこで、さきに、いちばんえらい家来を見にやりました。
 いちばんえらい家来は、もどってくると、こういいました。
「それはそれはきれいな布が、できかかっておりました」
 王さまは、もうひとりの家来を見にやりました。
 その家来も、同じようにいいました。
「いままでに見たこともない美しい布が、できかかっております」
「家来たちに見えるのなら、わしにも見えるだろう」
 こう思った王さまは、やっと自分で見にいきました。
 三人のサギ師は、ねっしんにはたらいているふりをしました。
 サギ師たちは、なにもない台の上をゆびさしながら、いいました。
「王さま。まことに美しい色でございましょう」
「・・・?」
 王さまには、なにも見えません。
 目をこすってみても、やっぱり見えません。
 さあ、たいへんです。
 このことが人に知れたら、王さまは、前の王さまのほんとうのむすこではないと言われて、王さまをやめなければなりません。
 それではこまりますので、王さまは、わざとむねをはって言いました。
「うむ、なかなかに見事じゃ。できあがりをたのしみにしておるぞ」
 それから、三日たちました。
 王さまは、こんどは、正直者の裁判長に、布を見てくるように、いいつけました。
 裁判長が仕事場にはいっていくと、三人のサギ師は、またまたいっしょうけんめい働いているふりをしました。
 そして、美しい色や、すばらしいもようを、しきりに説明しました。
 けれども、裁判長には、なんにも見えません。
 裁判長は青くなりました。
 だって、もしも、まえの裁判長のほんとうのむすこでないとすれば、裁判長という、りっぱな役目を、やめさせられてしまいますから。
 そこで、王さまの前へもどってきて、
「あれは、わたくしが、いままでに見たなかで、いちばん美しい布でございます」
と、見えない布をほめました。
 王さまは、おどろきました。
 自分に見えないものが、ほかの人たちには、ちゃんと見えるのです。
 王さまは、また、べつの役人に布を見てくるように、いいつけました。
 この役人も、
「たしかに、世界でいちばん美しい布でございます。」
 こうなっては、王さまもますます、見えるようなふりをしていなければなりません。
「みなの者。もうすぐ、世界でいちばん美しい布が、できあがるぞ」
 とうとう、見えない布が、できあがりました。
 王さまは、そのふしぎな布で、新しい着物をつくらせました。
 そして、お祭りの日に、そのすばらしい着物をきて、町じゅうをまわることにしました。
 いよいよ、お祭りの日になりました。
 三人のサギ師は、ありもしない着物を、王さまに着せるふりをしました。
 それを見て、家来たちは口ぐちにほめました。
「よくお似合いでございます」
「色も、もようも、ほんとに、きれいでございます」
「この様にうつくしい着物は、今まで見たことがありません。さあ、王さま、町の人たちにも見せてやってください」
 王さまは、町の人たちの前に出ました。
 町の人たちは、王さまを見てビックリ。
 どう見ても、パンツ一つしか、はいていないのです。
 でも、王さまの着物が見えないといえば、おとうさんのほんとうのこどもでないと思われます。
 それで、みんなだまっていました。
 そのとき、ひとりのどれいが、王さまの前に進み出て、いいました。
「王さま。わたしは、だれのこどもでもかまいません。わたしの目にうつる、ほんとうのことをいいます。王さまは、はだかで、馬にのっていらっしゃるんです」
「だまれ、だまれ、ばか者!」
と、王さまは、カンカンにおこって、どなりつけました。
 しかし、どれいのことばを聞くと、
「王さまは、はだかだ。王さまは、はだかだ」
と、みんながいいはじめました。
 王さまも、ようやく三人のサギ師にだまされたことに、気がつきました。
 すぐに、家来をやって、三人をつかまえさせようとしました。
 ところが、そのときにはもう、三人のサギ師は、金や、銀や、絹を、たくさんもって、にげてしまっていました。

 このおはなしは、アンデルセンの「はだかの王さま」または「皇帝の新しい着物」のもとになったおはなしです。

おしまい

他の記念日

皮膚の日
 日本臨床皮膚科医学会が1995(平成7)年に制定。
 「いい(11)ひふ(12)」の語呂合せ。
 各地で無料相談会や講演会等が行われます。

 → 日本臨床皮膚科医学会

11月11日 電池の日

11月11日 電池の日

 乾電池の+(プラス)と-(マイナス)を組み合わせると十一になります。
 というわけで、日本乾電池工業会(電池工業会)が1986(昭和61)年に制定しました。
 この日を機会に身近な電池や応用機器の点検、いざという時に必要な常備品の見直しを呼びかけています。

 → 電池工業会

 

 

他の記念日

介護の日
  平成20年7月27日の「福祉人材フォーラム」において、厚生労働大臣より発表されました。
  「いい日、いい日、毎日、あったか介護ありがとう」を念頭に、「いい日、いい日」にかけた覚えやすく、親しみやすい語呂合わせです。

 → 厚生労働省「介護の日」検討会


配線器具の日
  日本配線器具工業会が1999(平成11)年11月11日に制定。
  コンセントの差込口の形状を「1111」に見立て、また、「秋の火災予防週間」の期間中であることから。
  配線器具とは、住宅の電気の入口である住宅用分電盤、照明器具を点滅するための壁のスイッチ、家電製品のプラグ、プラグを差し込むコンセント等のことです。

 → 日本配線器具工業会

ジュエリーデー
  日本ジュエリー協会が制定。
  1909(明治42)年、農商務省令第54号により、宝石の重量の表示に200mgを1ct(カラット)とする国際単位が採用されました。

 → 日本ジュエリー協会

ピーナッツの日
  全国落花生協会が1985(昭和60)年に制定。
  新豆を使った落花生が市場に出始めるのがこの頃で、ピーナッツは1つの殻に2粒の豆が同居する双子であることから、11のぞろ目の日を記念日にしました。

 → 全国落花生協会

チーズの日
  日本輸入チーズ普及協会とチーズ普及協議会が1992(平成4)年に制定。
  日本の歴史上でチーズの製造が確認される最古の記録が、700(文武天皇4)年10月に、全国に現在のチーズに近い「酥[そ]」の製造を命じたという記録であることから。
  10月を新暦に置き換えた11月にし、覚えやすい11日を「チーズの日」としました。

 → 日本輸入チーズ普及協会

サッカーの日
  スポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが制定。
  サッカーが11人対11人で行うスポーツであることから。

 → ミズノ

くつしたの日,ペアーズディ,恋人達の日
  日本靴下協会が1993(平成5)年に制定。
  靴下を2足並べた時の形が11 11に見えることから。
  1年で1度同じ数字のペアが重なる日であることから、恋人同士で靴下を贈り合おうと呼びかけています。

 → 日本靴下協会

長野県きのこの日
  JA全農長野県本部が制定。
  長野県が生産量日本一のしめじ・なめこ・えのきだけを「1111」に見立てて。

 → JA全農長野県本部

恋人たちの日
  静岡県土肥町(現 伊豆市)の土肥観光協会が、同町にある恋人岬に因んで制定。

→ 伊豆市土肥観光協会

麺の日
  全国製麺協同組合連合会が1999年(平成11)に制定。
  「1111」が麺の細長いイメージにつながることから。

→ 全国製麺協同組合連合会

きりたんぽの日
 秋田県鹿角市の「かづのきりたんぽ倶楽部」が制定。
 きりたんぽを囲炉裏に立てて焼いている様子が「1111」に見えることから。

→ かづのきりたんぽ倶楽部

磁気の日
 磁気治療器「ピップエレキバン」のピップフジモトが1992(平成4)年に制定。
 磁石のN極(+)とS極(-)を「十一」にみたてて。

→ ピップ株式会社

おりがみの日
 日本折紙協会が制定。
 世界平和記念日であることと、1を4つ組み合わせると折紙の形・正方形になることから。

 → 日本折紙協会

西陣の日
 京都府の西陣織工業組合等西陣織関係の13団体で組織された「西陣の日」事業協議会が制定。
 1477(文明9)年、京都が戦場となった応仁の乱が治まりました。
 戦火を逃れて全国各地に散らばっていた織手達が京都に戻り、西軍の本陣のあった辺りに住み附いたことから「西陣織」と呼ばれるようになりました。

 → 西陣織工業組合

下駄の日
 伊豆長岡観光協会が制定。
 下駄の足跡が「11 11」に見えることから。
 伊豆長岡温泉に「カランコロン」と心地良い音を奏でる下駄に一年の感謝の気持ちを込めて、下駄供養祭が行われます。

 → 伊豆の国市観光協会

鮭の日
 新潟県村上市が1988(昭和63)年ごろに制定。これとは別に、築地市場の北洋物産会も制定。
 「鮭」の旁の「圭」を分解すると「十一十一」になることから。

 → 新潟県村上市

ポッキー&プリッツの日
 食品メーカーの江崎グリコが1999(平成11)年に制定。
 同社の製品ポッキーやプリッツを6つ並べると111111に見えることから。

 → 江崎グリコ

コピーライターの日
 株式会社宣伝会議がコピーライター養成講座開講50周年を記念して2007(平成19)年に制定。
 「1111」が鉛筆やペンが並んだように見えることから。

 → 宣伝会議

おそろいの日
 株式会社フェリシモが制定。
 11と11で「おそろい」であることから。

 → 株式会社フェリシモ

公共建築の日
  国民生活に一層密着した、より良い公共建築を目指すための日。
  2003年より実施。
  建築の基本的構造を象徴する4本の柱のイメージと、国会議事堂の完成年月である昭和11年11月に因む。

煙突の日
 「1111」が煙突が4本立っているように見えることから。

もやしの日
 「1111」がもやしを4本並べたように見えることから。

鏡の日
 全日本鏡連合会が2006(平成18)年に制定。
 「11 11」や縦書きにした「十一 十一」が左右対称であることから。

箸の日
 「1111」が箸が2膳並んでいるように見えることから。

世界平和記念日
 1918(大正7)年、ドイツとアメリカ合州国が停戦協定に調印し、4年あまり続いた第1次世界大戦が終結しました。
主戦場となったヨーロッパの各国では、この日を祝日としています。