場所はホテル・ニューオータニの会議室。檀上に高田、下村、三木の3名が着席する。聞き手は報道関係者が2、30人と少ない。
 ときは平成31年のXデイ。
「立憲民衆党衆議院議員である高田峰男、下村正延、三木弓子の3名は、本日、円満裏に立憲民衆党を離党し、同時に新党解決を結成したことを報告させていただきます。党首は不肖わたくし高田が務めさせていただきます。新党解決は次回の衆院選にて政権奪取を目的として行動いたします。そのために、スローガン、イデオロギー、理念といった聞こえの良い理想主義をかかげるのではなく、政策、それも考え方、手段、予算、納期を明確にした政策を、月水金、週3回のペースで皆さまに提示いたします」
 高田は簡単に記者会見の趣旨を述べた。
 ついで会見の主要議題である沖縄問題に関し、政策を産みだす3人の議論のやり取りを、画像の形で発表する。つまり映画である。
「われわれ同志の議論の中身を報告いたしたく、映画にいたしました。ご入り用の方には同じフィルムを準備しております。発表終了後にお渡しするので、まずはのんびりとご覧ください。質問は映画終了後とさせていただきます」

 話はがらりと変わって、右に述べた離党、新党結成の宣言の場から、半年前の衆院第二議員会館。
 スクリーン上に映ったのは、高田の議員事務所である。
「あらまっ、高田さん、きれいになさってるのねー」
 三木弓子がすっとんきょうな声を上げた。
 高田峰男、下村正延、三木弓子の3人があつまった。それぞれの公設秘書も同席する。
 総勢12名。会議机に坐れない秘書の一部はソファーに陣どる。
「わが先輩が沖縄米軍基地をグアム島へ移す。『最低でも県外へ』とうたって政権をうばいましたが、『県外へ』は実現しませんでした。われわれ後輩は先輩の屈辱を晴らしてあげたい。米軍基地を対馬に移す政策を立案しましょう。最大の障害はもちろん、対馬市民の猛反対です。われわれ内部で充分なる議論の上、対馬に乗りこんで相談、説得しましょう」
 高田とその秘書たちは対馬基地の概略の構成と、工事費のイメージのたたき台を作った。
 対馬政策は新党解決の政策発表の第一番になる。

 南北2島からなる対馬には、平地が極端に少ない。島全体が低い山並みに覆われている。最高峰でも648メートルの低さである。
 平地が少ないので、農業では生活がなりたたない。林業はコスト競争力がない。
 世帯数の15%が従事する漁業では、老齢化が進んでいる。
 世帯の3分の2が従事するサービス産業と、韓国人旅行客20万で、かろうじて市財政がバランスしている。
「要するに対馬は仕事を求めているのね」
と三木。
「そうです。過疎化がひどい。平成初頭の市民4万6千が3万2千に減っちゃった」

 米軍は多数の日本人労働者を必要とするし、米兵慰労施設や発電所、上下水道からの求人要請もある。
「沖縄米軍の日本人労働者数は9千弱」
「対馬の人手は?」
「対馬の世帯数1万3千強だから、人手不足が心配だ」
「だめじゃないの」
「魅力的な待遇を示して、島外から人を呼びよせねばならない。また国外からも、ね」
「国外?」
「そう。いずれ移民政策も議論したい。これなしで日本は立ちゆかない」
と高田。

 *

 日曜日、無人の対馬市役所の市長室。
 高田一行の議員3人が、市長、市議会議長、市総務部長の3人に会う。
 米軍基地などと、歓迎すべき話題ではない。
 笑みのない緊張した市側だが、基地受け入れに対する見返りを期待する好奇心も見え隠れする。
 ひと通りの挨拶交換ののち、高田峰男がにこやかに話しだした。
「日本には未解決の問題が多い。沖縄、財政赤字、少子高齢化、デフレ、経済停滞などなど・・・。新党はこれら諸問題に関する政策を明らかにして、衆院選に臨みます」

 沖縄の苦しみは民軍隣接から生じたものであり、民軍間に緩衝地帯を設ければ、日本人の被害感情は激減しよう。
「特には普天間基地です。普天間の移転先として、政府は名護市辺野古飛行場を計画したが、ご存じのように沖縄県は絶対反対で、政府と県が対立しております」
 高田は対馬基地の基本的な考えを示す。
「対馬の北島の、それもなるべく北部に米軍基地を建設します。北島の市民はもちろん、社寺、墓石、遺骨のすべてを南島に移動することから始めます。もちろん工場、商店、学校もです」
「対馬に平地はありません。山を削るわけですな」
 これは市長。南北両島とも低い山におおわれている。
「関西、神戸、中部の海上空港の経験もあり、滑走路や市街地の建設も難工事ではないでしょう」
「事業費はどの程度になりますか?」
「具体的な数字はありませんが、4000メートル級の滑走路2本、オスプレイ滑走路1本、居住施設の大工事が大部分を占めるはずです。ちなみに関西空港1期、2期合計で建設費は4兆円弱ですが、その程度の工事のレベルとご想像ください」
 一瞬だが、大きな金額を聞いて、市側3人の表情が変わった。
「新党解決の結成宣言のXデイ以降になりますが、米軍とも相談しながら、より詳細な予算を編成します。要は問題解決に対する強い意志です」

「日本の安全保障のための犠牲という難儀をおかけする以上、対馬市民の皆さまに喜んでいただける投資は必須と考えております。われわれの構想については、三木議員に説明させましょう」
 三木とその秘書連は対馬支援策を練ってきた。
 市民は職場をもとめている。しかし大企業が対馬に来ることはあるまい。
 ゴルフ場や海釣りなどのレジャー事業で、1都市が暮らしてはいけない。
「想定する主力事業は老人ホームや、大人気の特別養護老人ホーム、通称特養を新設します」
「問題は特養への入所者ですな。対馬の人口は3万2千ですよ」
「東京や大都市の老人を収容します」
 本来なら要介護者全員に入所資格をあたえるべきだが、特養への入所希望者が多すぎて、入所資格を要介護3級以上と厳しくしている。
 それでも待機リストには約30万人が載る。
「とりあえず対馬の特養は1万床といたしたい。対馬市に1万床の運営は気の毒だし、全床を国営とします」
 将来は対馬市とも相談しながら、10万床にも拡大したいという。

「介護士は?」
「1万床だと、ざっと6、7千は必要になります。島からの介護士採用は2千がせいぜいでしょうし、残りは本土と外国人になるでしょう」
 ちなみに米軍基地の必要な日本人従業員は9千人。
「建設費は?」
「1万床建設費は30億円弱だが、島外からの介護士の社宅に1500億円を要する。それに総合病院も・・・」
「家族が頻繁に見舞いに来れるように、対馬空港と、羽田、中部、伊丹、広島の間に直行LCCを飛ばします。LCCには金銭助成する。東京・対馬で片道3千円くらいを想定しております」
 この金額だと、東京の近隣県への旅費と大差なく、家族のお見舞いも小さな負担で済む。
「とにかく東京23区内には、もはや老人ホームを新設する空き地はまったくございません」

「東京23区内の私大の医学部、歯学部、薬学部、獣医学部を移転させることを考えています。インセンティヴは金銭助成と学生定員増でしょうね」
「うん、いいですな。田舎の対馬だ。勉強に集中できますね」
 市長がこわばった顔つきながら、初めての前向きな賛意を口にした。
「ほかに遠洋漁業やインターネット・ビジネスなど、対馬の立地に制約されない事業も想定されます」
「問題は働き手の数ですな」
「安全保障は国家的大事業でございます。人がいない、では済まされません。シンガポールよりやや小ぶりな対馬です。われわれが職場と労働者を保証いたします」

 対馬の東と西の海峡は公海である。
「この狭い海峡に挟まれた対馬に米軍基地を設けることに、国際的な問題はないのですか」
と市長。
「対馬海峡の公海は保証します。外国の軍艦航行にもまったく問題ありません」
 日本の領土に、日米安保条約にしたがった米軍基地である。
 南シナ海の南沙諸島の人工島とは次元がちがう。

「いま駐韓米軍の撤収が話題になっています。韓国が駐韓米軍の対馬移転を要求したら、いかが?」
 これは市長。
「それは絶対に受けつけません。もし駐韓米軍を受けいれたら、朝鮮半島の紛争に日本が巻きこまれることになります」
「韓国がイニシャル・コストや、ランニング・コストの応分を負担する、と言ったらどうされますか?」
「応分であろうが、全額であろうが、戦争に巻きこまれるリスクは拒否します」

「この対馬政策に関する日本国民の反響を、どうお考えですか」
と市長。
「日本政府と沖縄県の対立に、日本国民はうんざりしております。沖縄県民の苦痛には同情的だが、米軍なしでは国がもたない。対馬移転には国民あげて賛成じゃないでしょうか。対馬が一挙に救世主になりましょう」
 これは高田。
「なるほど、救世主ねー。うまいことをおっしゃる。ま、いずれにせよ、皆さんが政権を取ったのちに、もう一度お話を伺うことにしましょう。本日は終了とさせていただきたい」
 市長も冷ややかな態度にもどった。簡単に決まる話ではない。

 しばらくして、ふるさと納税が対馬市にラッシュするという報道があふれ出した。
「対馬市が漏らしたのだろうが、沖縄の米軍基地が対馬に移転するという情報で、日本全土が興奮状態だ」
 ふるさと納税が200億円にせまる勢い、との報道もある。対馬市の平成30年度一般会計予算はざっと318億円。
「日本人の心意気、感激するねー」
「なかには10億円の寄付もあるとか・・・」
「われわれが対馬市を説得するまでもないのね。日本人、やるっー」
 涙を浮かべた三木がさけぶ。
 政策を発表する映画はここで終わった。拍手はまばら。
 質問の挙手多数だが、この紙上ではカットする。