未だ日本に存在する国家権力による人権侵害
NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹氏が、「2017年にはぶっ壊したい、こどもの貧困を生みだす日本の5つの仕組みとは」として、以下の事項を挙げています。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/komazakihiroki/20170104-00066222/
- 生活保護を受けている家庭の子供は大学に進学することができない
- 妊娠したら高校を退学させられる
- 低所得のひとり親に出される給付金支給が4ヶ月に1回
- 義務教育でも金がかかりすぎる
- 医療的ケア児は親同伴でないと学校に行けない
日本は酷い国ですね。
2017年1月から公務員も確定拠出年金に加入できます。
これまで公務員・専業主婦・企業年金加入者は入れなかった確定拠出年金ですが、2017年1月から加入できるようになります。
確定拠出年金は、税制の面で有利な点があります。
最大のポイントは、拠出額が全額所得控除となることです。
例えば、年額15万円を確定拠出年金に拠出すると、年末調整もしくは確定申告時に申告する課税所得から全額15万円が差し引かれるということになります。
仮に所得税率を10%とすると、課税所得が15万円マイナスになれば、ざっくり1万5千円の所得税が還付されます。
さらに住民税も還付され、翌年の住民税額にも反映されます。
確定拠出年金未加入者のサラリーマンや公務員の方々は、十分検討に値するメリットだと思います。
厚生労働省 確定拠出年金
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/kyoshutsu/
国民年金基金連合会 確定拠出年金
SBI証券 確定拠出年金
大村大次郎『元国税調査官が明かす【最強の財テク術】 得する確定拠出年金』
大村大次郎『知らないと損する給与明細』
山崎元『確定拠出年金の教科書』
grub2起動順序の変更
①端末を起動します。
②テキストエディターで「/boot/grub/grub.cfg」を開きます。
~$ gedit /boot/grub/grub.cfg
③205行目のにある「'Windows 7 (loader) (on /dev/sda1)'」をコピーします。
④テキストエディターの[×]ボタンを押してテキストエディターを閉じます。
⑤管理者権限を使ってテキストエディターで「/etc/default/grub」を開きます。
~$ sudo gedit /etc/default/grub
⑥パスワードを入力します。
~$
⑦6行目にある「GRUB_DEFAULT=0」の「0」を「'Windows 7 (loader) (on /dev/sda1)'」に置き換えて「GRUB_DEFAULT='Windows 7 (loader) (on /dev/sda1)'」に変更します。
⑧テキストエディターの[保存]ボタンを押して変更を保存します。
⑨テキストエディターの[×]ボタンを押してテキストエディターを閉じます。
⑩grubの変更を反映させます。
~$ sudo update-grub
【LaTeX Tips】テスト問題の解答表示の選択
【LaTeX Tips】テスト問題の解答表示の選択
試験問題を作る際、問題と共に解答も作っておき、オプションで表示の有無を洗濯する方法。(1) ファイルの先頭(\begin{document}より前)に以下の2行を追加
\newif\ifanswer\answerfalse
%\newif\ifanswer\answertrue
*解答を表示する際は1行目を、表示させない場合は2行めをコメントアウト
(2) 解答部分を「\ifanswer」と「\fi」ではさむ。例えば
\ifanswer
(解答例)
\fi
以上。
続・英和辞典の紹介
- 竹林 滋, 小島 義郎, 東 信行, 赤須 薫
- ルミナス英和辞典 第2版 (函入り)
ルミナス英和辞典
10万語を収録している。
より細かい単語を知る必要性のある中上級者向けだね。
効率性や実用性を追求したのか、利用者を英語に引きつけるような付録やコラムは少ない。
デザインも非常にシンプル。
まあ、中上級者にとってみれば、実用に耐える内容のできの良さが一番であって、そんなものは重要視しないんだろうけどね。
初学者が見るとちょっとげんなりするかもしれないね。
- 田中 茂範, 武田 修一, 川出 才紀
- Eゲイト英和辞典
Eゲイト英和辞典
7万5千語
普通の英和辞典だね。
結構見やすいデザインだ。
この辞典の売りである「コア」というやつ。
重要基本単語にはその中核的な意味を説明し、イメージとして図を加え、単語のコアイメージを把握できるように意図したものだ。
このあたりはもう好みによるよね。
これ見てイメージ的に「わかった!」って納得できる人はいいかもしれない。
ただ、ウリにしている割には、思ったほど「コア」イメージをつけている単語は多くない。
しかも「コア」の絵も、僕自身の評価では、語彙力の強化には、あまり役に立っているとは思えない。
すごい中途半端な絵だ。
例えば「build」
ただブロックを積み重ねた絵が描いてあって、その後に基本イメージの説明、類義語とのニュアンスの違いの説明がある。
ブロックの絵を載せる意味はあまり感じられなかったね。
類似したものや連想される他の単語、例えばmake,produce,force,form,drow,design,publish,cook,inventなど色々あるけど、それらも一緒に図で載せて、その違いが視覚的に比較できるようなものならすごくいいと思うんだけど。
こういうアイデアは辞書よりも単語帳として実現させた方がよかったんじゃないだろうか。
「イメージで覚える英単語」なんてタイトルでさ。
語の概念やイメージの説明なんかはスーパーアンカーの方がわかりやすいね。
たしかに単語のもつ中核的なイメージをネイティブのように把握することは語感を養ううえでも、また使える英語力を身につけるうえでも非常に有効だ。
しかし、
Eゲイトのこの発想は、実は22年前に既に試みられている。
しかもEゲイトよりも遙かに上を行くほどに。
またまた別冊宝島の英語本だ。
- 副島 隆彦
- 道具としての英語 しくみ編
ネイティブと同じような語感「英語感覚」を養える。 - 発想はEゲイトの「コア」と全く同じ。
- しかし、Eゲイトよりも遙かにたくさんの語、特に前置詞や副詞について、その語のもつイメージを基軸にして、その使い方をわかりやすく説明している。
- 単語だけでなく、文法までその発想で解説されているから凄い。
- 特に英語が苦手な人に自信をもっておすすめできる。
この本も高校生の時にかなりお世話になった。
友達に貸したまんま返ってこなかった。
もう絶版で手に入らない。
ほんとに残念だ。
何でこのようなすごくいい発想を引き継いだ本が後の世に出てこないのか、本当に不思議だ。
まあ、辞書への親しみやすさ、初学者への配慮、見やすさ、わかりやすさ、なんかを総合すると、高校生にはやっぱりスーパーアンカーが一番おすすめかな。
最後は自分の好みによると思うけど、一応僕の考えとして。
- 山岸 勝栄, 児玉 徳美, 貝瀬 千章
- スーパー・アンカー英和辞典
学力調査の結果
論理的な考察「苦手」 小4~中3国・数の学力調査
2006年07月15日15時38分 朝日新聞
国立教育政策研究所は14日、全国の小学4年~中学3年の約3万7000人を対象に初めて実施した国語と算数・数学の「特定課題調査」の結果を公表した。難点として浮かび上がったのは、論理的に考えたり、筋道立てて考えを表現したりする力。答えは出せても、そこに至る過程を説明できない傾向もあり、研究所は「国数ともに、文章をもっと書かせる指導が必要」と指摘している。
調査結果は、都道府県の教育委員会や中央教育審議会に伝え、学校現場での指導法の改善や、学習指導要領の改訂に生かす。一部は研究所のホームページでも公開する。
調査は、昨年1、2月に無作為抽出した国公私立の小中学校616校で実施した。
算数・数学が思考力と計算に関する力、国語は漢字の読み書きと長文記述力を取り上げた。算数は48問~66問、数学は37問~47問出題された。なかでも、焦点となったのは、01年度の「学力テスト」で弱さが指摘された論理的な考察力をみる問題。
典型例としては、底が階段状の水槽に水を入れた際の時間と水位の関係を表すグラフを選ぶ問題で、正答率は最も高かった中3で48%。だが、理由を正しく書けたのは39%だった。
計算に関しても、文章で表現する力は弱かった。小6の「100円のチョコレートが2円引きで売られているが、35個買うといくらか」という問い。正答率は57%。だが暗算で求めるための工夫を書かせたところ、正しく表現できたのは51%で、6ポイント下回った。
国語の長文記述のテーマは、小学生が「テレビの見方」、中学生が「言葉の使い方」。それぞれ400~600字、600~800字で意見を書かせ、「発想や主題」などの観点から評価した。
結果は、算数・数学と同様、論理にかかわる力が弱かった。考えを明確にするための段落構成ができたのは小6で6割弱、論の運びに一貫性を持たせることは中3で7割弱しかできなかった。
ただ、いずれの学年も9割前後は「記述量」をクリアしており、研究所は、子どもたちは書くことが嫌いではない、と分析。「論理的な考え方を重視するためにも、感想文主体だけでなく説明文を書かせることも増やすよう工夫してほしい」としている。
一方、漢字の学年共通問題は読み書きともに正答率が学年に連れて上昇した。しかし、とくに率が低い漢字があったことから「重点指導を」と指摘している。
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200607140642.html
国立教育政策研究所による小中学生の抽出学力調査で、論理的考察が弱いという結果が出た。
ここで僕が疑問に思うのは、そもそも論理的考察力が「弱い」となぜ結論づけたのか、何と比較して「弱い」のか。その根拠がよくわからないということだ。
確かに「特定課題調査」だけあって今回の問題は「思考」を求めるものが多く、ほとんどの問題で正答率は出題者の期待する数値には届いていないことがこのレポートの表現からうかがえる。
しかし、
「論理的考察力がある」=「出題者の期待する正答率に届く」
こんな定義でいいのか?
あまりにも自分勝手すぎないか?
少なくとも目標正答率をはっきりと根拠をつけて筋道立てて示すなどして、「論理的考察」の範を示すべきであろう。子どもにばかり要求して肝心の大人がこれじゃあどうしようもない。
例えば、同じ問題を高校生・大学生・大人にも出題してその差を比較し、小中学生ならここまで正答率がでればOKというようにはっきりと示すべきであろう。
それがない状態では、正答率は毎回出題者によって操作され、いつまでたっても結論は客観的になり得ない。正答率は問題の作り方によって変化するからだ。
今回は同じ問題を複数学年に渡って出題したものもあるが、これはひとつ進歩したといえる。
理解度が比較できるからだ。
とにかく最近「調査」がブームだ。
中間・期末テストに基礎テスト、単元ごとの小テストにNRT、全国学力調査に教委の学力調査。
こんなに自分の力がテストで試される時期はそうないだろう。
子どもにしてみれば、テストテストでうんざりって感じじゃないのか?
実施者は客観性を取り繕っているが、こうやって「テスト」や「調査」をし続けること自体が勉強嫌いを生み出すのではないかという、実験そのものの結果への影響力も反省的に考える必要があるね。
疑問点はまだある。
こういった学力調査でデータを集計することで、母集団の大まかな傾向はある程度把握できる。
で、そこから学力向上のための処方箋は出てくるのか?
今回の調査も調査者が必死になって分析した結果出した学力向上のための指針は、抽象的で根拠に乏しく、思いつきを超えるほどのものではない。はっきり言って片手落ちだ。
ある生徒がなぜ正答し、なぜ誤答したのか、そのつまずきの理由などを、認知科学などを駆使しながら個別的・臨床的に究明していく必要性がある。個別事例を数多く収集し、それらを徹底的に分析し蓄積し、それらをバックボーンにして生徒と対話を続けながら解決方法を模索することでしか、目の前の生徒のつまずきを解決させる方法はない。
中学生に出題されたある数学の問題
9+(+4)×(-5)
この問題の正答率が3年生で90.1%であった。
分析では乗除先行の計算ができる生徒は中学で大きく上昇するとしてこの数値を定着していると評価していた。
しかし、1年生の1学期で理解していなければならないはずの基本的な正負の計算が、3年生の段階で正答できないことは致命的である。
40人学級の場合、1クラスに4人はいることになる。少なくない人数だ。
その生徒はおそらく1年生の段階で数学につまずき、その後3年になるまで数学の授業を一切理解できていないはずだ。何もわからないままただ1時間椅子に座り、わからない苦しさに耐えているのだろう。
90%を超えたといって喜んでいるよりも、10%の生徒はなぜ解けなかったのか、その原因を究明し、どうすれば理解できるようになるのか、その一般的な法則を明らかにすることの方がはるかに有益だ。
文部科学省はこの10%のできない生徒を見捨てるのか?
そんな生徒は勉強しないないから、やる気がないからできないのか?
それは違う。
何時間もただわからない問題を見てうんうん唸っていても何も進みはしない。
ただたくさん勉強すりゃいいってもんじゃない。
こんな時こそ教師の出番なんだ。
その生徒が一体どこにつまずいているのか、なにが理解の障壁になっているのかをしっかりと把握して、その生徒の頭に突き刺さっているくさびを抜いてあげる必要がある。
それがプロってもんでしょう。
違うか?
行政はそういう教師の専門性を補強しサポートするためのテクニックを明らかにして提供するのが仕事じゃないのか?
今回の調査は、教師のためにもならず、生徒のためにもならず、ただ実験者の飯の種にしかなっていないことを明らかにしたものだった。
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藤井誠二『暴力の学校倒錯の街』
1995年7月17日、福岡県飯塚市にある近畿大学附属女子高校でおきた体罰致死事件のルポタージュ。
なぜか殺された高校生ではなく殺した教師に同情する声が多数上がるという異様な状況にスポットを当て、集団催眠にかかったかのように、口をそろえて犯罪を擁護する地域の倒錯した心理を浮き彫りにしている。
このような暴力を容認する土壌は、一体どのようにしてつくられ、維持されるのだろうか。
ある種の暴力が容認されやすい状況とか、ムードがあると思う。
いかに善良な市民であったとしても、条件が整ったときに人は暴力にはしる可能性があるのだ。
社会心理学の有名な実験を思い出す。
アッシュの同調実験、ミルグラムの服従実験、ジンバルドの刑務所実験
人は多数派の圧力に簡単に屈してしまう。
人は権威者の言うことに簡単に服従してしまう。たとえそれが非道徳的なものであったとしても。
人はある役割を与えられるとその役割に期待される行動をとる。時に過剰なまでに。
あとは認知的不協和なんかも絡んでいるんじゃないか。
自分がその教師や学校から受けてきた教育が否定されるのは不快だから、殺された方が悪いといって道徳の壁を突き破ってまで殺した教師を弁護する。
そして犯人の教師は体罰容認論者であった。
彼の「教育的信念」。これも暴力を生み出す重要なファクターだったのだ。
藤井は言う。「『善意』を孕んだ暴力ほど恐ろしいものはない」
正直僕もこのような状況に置かれ、善意のみが意識されたときに、暴力をしないと断言できる自信がない。
だからこそ、自分の行為を常にモニタリングしておく必要性があると思う。
特に教師は生徒との上下関係で権力を行使するから、このことには敏感になっておくべきだと思う。
いじめとか体罰、その他諸々の教育問題の発生機序についてもっと分析的な調査研究が行政レベルでなされてもいいんじゃないか。
こういう問題っていつも感情論とか水掛け論で終わっているような気がする。個人の心理的問題に矮小化させて済ませちゃったりね。
「こういう条件が整うといじめや体罰が起こりやすくなります」みたいな形で具体的に示して警鐘を鳴らしつつ、そのような条件を学校から取り除くような行政施策を実施するとか。
まあ、こういった指針がない中で、教師はもっと暴力について自覚的になるべきだね。

