NeoMackey_ITpro&古武道のブログ -80ページ目

NeoMackey_ITpro&古武道のブログ

ブログの説明を入力します。

一ヶ条から五ヶ条の技の考え方
 先輩諸氏から聞いた話と実際に体験してきた事を考察した結果です。中には意見の相違があるかもしれませんが、それは場所を変えて論じれば良いでしょう。
 文章の中には様々な説明も入りますが、他山の者は所詮理解できません。僭越ながら、例で話しますと大東流合気柔術琢磨会の総務長森恕先生が様々な所で大東流の為、合気柔術の為に合気の説明や技術的な発言をされてきていますが、合気は母指球に有るという話が有ります。しかしこの意味を本当に理解出来ている者は、当会の会員を見ても長年大東流を稽古している者でも殆ど居ないと見えます。森恕先生から直接手を取って習った者でも現在ハッキリと母指球の合気を意識し使えるのは、西代門下数名辺り現在3段以上で2018年以降、森総務長が行かなくなった後も継続して稽古した者までで、これら以外ではもう少しの会得の所にT氏、N女史、S女史、K女史、などがいます、ここに名前を挙げているのは森門下の者の中で合気を会得しつつ有る者です。
こういう表現をすると力試しをしたがる輩が必ず一定数、内外に存在します、愚かな試みです、学ぶ気の無い者には一生分からない事でしょう。既に西代森門下のその次の世代になる者達も母指球の合気は理解しつつあり、神戸で稽古している者は会得されていく可能性は大です。
 同門で何十年も稽古されていても大東流の合気とよばれる技術は人によりその合気範囲が異なります。ですので全くの関節技を合気と称される人もいますし、その発展の途中の柔術を合気と称しているケースもあります。ですので定義の範囲が外れればまた話になりません。
 私や西代門下の我々が合気と称しているのは森総務長が久先生から習いそれを森総務長から習った合気という技術であり、それの延長で発展している同根の技です、柔術技とは一線を画します。
 ここで改めて表現しますが大東流の柔術技は奥が深く、現代人に於いては柔術技を本当に全て理解し、それを使いこなしにはかなりの時間と稽古量を要します。ある意味大東流は古武道として先達から伝えられている柔術のみでも会得に一生かかる可能性もあります。森総務長は大東流の柔術技、関節技、急所技を否定しているのではありません、私は合気の研究を深めたいと言われていました。
 ただし大東流の柔術技を他流の技術で理解しようとしたり、他国(中国系等)の技術で行うのは正道ではありません。単に当流に伝わる技術の研究が浅いだけです。
  また、さばき方や動きが大きいのは大東流ではありません植芝師の合気道などにみられる事です。手や腕の使い方で力み過ぎるのは論外ですが、肘を最初から曲げて近代格闘術の様に間合いが近いのは全く亜流であり、応用技を見せられた者が勘違いしているだけと解釈されれば良いでしょう。大東流と自分で称していても別物の柔術です。
 昨今ではネット上に多数の動画も出ていますが、本物の合気はそこで行われている合気上げと称する行いとは全く別物です。多くは梃子の原理やバランスを崩したり、時には催眠術もどきのものを合気と称しています。もっとひどいのは忖度の塊で成立している事も有る様です。何事も自分が出来る様になると本当に出来ているのかどうかは明確に差が解ります。

 さて本論の一ヶ条から五ヶ条の技の考え方ですが、森総務長は武田時宗氏分類の技は久先生から習っていないと言われていました。現在の当会で便宜上昇段審査で使われている分類は武田時宗氏の制定されている物です。四国の先生方は時宗氏の所にも習いに行かれた時にこの分類も習われている様です。ただそれぞれ研究されている先生方は異なる分類法、異なる手順で指導される事も有る様です。
 時宗氏の分類は手順と共に技に命名されているので初学者にとって手順を覚えやすい事にあります。また、入門者レベルには説明として格闘時の想定場面を取り出してそれを覚えていくことで効果を出せるという事です。当流には技の手数が多数伝承されている事から、例えばAの技が駄目ならBの技、それが駄目ならCの技、またDの技と多種類伝えられている事により優位になり易いという事です。ただしよく理解していくと、武道としての身体が出来てくれば単純に手順、手数を知っている事は勝利につながらないという事が理解されます。なぜならその形に簡単に相手も敵意があれば成ってはくれません。有る程度段位が高い者がこの様なやり方しか出来なければそれは真の段位持ちとは言えません。
 前提としてあまりにも変化をしないという形で稽古はされますが、その稽古時にありえない程力を抜くとか攻撃意欲の無い体制だとか、互いに武器を持っている可能性を無視した稽古は形稽古で有っても意味を無しません。それなりの力をだして相手を制する形から形稽古をはじめて、その者に対して技を施す訓練が必須です。
 時宗氏分類の一ヶ条から五ヶ条が難易度と考えている方が多数ですが、一ヶ条でも簡単に相手に対して技を施すのが難しい手順も含まれています。一ヶ条より二ヶ条が難易度が高いというのは大きな語弊です。初伝と呼ぶならば全て同じレベルでの習得が必要です。
 別に聞き及ぶ話では一ヶ条は1箇所を攻めて技をかける。二ヶ条は二箇所、三ヶ条は三箇所を攻めるという事も有ります。これは相手の関節を首に説明されている事です。この論の方が様々な技のかけ方のコツが理解しやすいです。この論で行くと時宗氏の分類とは一致しない技が多数混在します。私はこちらの話の方がしっくりと来ます。詳細は実技指導時に説明します。
 超初伝では一ヶ条は順に関節を攻める、二ヶ条は逆に関節を攻める、三ヶ条は捻り技、四ヶ条は急所経絡極、伍ヶ条は指取という説明をされています。これはあくまでも超初心者に見た目で解り易い分類として使用されていると解釈すべきです。平たくいいますと門外漢に流れても良い程度の話なので、ある意味本当の話ではありません。
 当方が指導している所ではもっと細かくこのあたりを指導しています。これが理解出来ないと中級レベルに行くことは不可能だと考えます。森総務長も大東流は小手技がほとんどだと言われていました。そこに合気のコツや秘密があると言われていましたが、これはあくまでも母指球等の一部のわざの話です。体の全てに合気のポイントは存在し、それを活用する事で柔術をもっと効率よく施す事が可能となります。私の考える合気ポイントの範囲の方が広いです。

 手首の攻めを力任せに攻めたり、捻り倒したりしている事を是としたり、大東流はキツクて痛いのが大東流と言っているのは、全く間違いではありませんが初伝の初段迄のレベルの技の話であり、それ以上弐段から参段などからは合気柔術を使いこなす訓練をしなければ、何十年大東流を行っていても、小が大を制する事にはつながりません。

・一ヶ条から五ヶ条はレベルの話ではありません。
・時宗氏の一ヶ条から五ヶ条は一部分類的には一ヶ条や二ヶ条に難度の高い技が混在しています、あくまで覚える為の手段です。これは時宗氏の表している技がレベルが低いと言っているのではありません。多くの大事な事が研究すれば導かれます。
・時宗氏の一ヶ条から五ヶ条と惟神の武道と稽古技からもっと多くの技が導きだされます。合気が理解出来れば既に演武会や動画で公開されている多種の技から二千八百八十四手は見えてきます。

 総伝写真集の写真や惟神の武道の写真技は多くが初心者の姿ですあの形に秘伝は有りません、ト書きの研究と実際に久先生、中津先生から技を習った方やかけてもらった方の感触が正しい伝承です。受けでかけられた技の感覚を知っている者が、再現するのが概ね武田惣角の技です。
 合気道の大きな動きや円転のデフォルメされた形に大東流は有りません。中には柔術や関節技では不可能と思われる手順が総伝に出てきますが、これは合気が出来ない者には理解不能な技となります。真面目にしっかりと体造りをこころがけて大東流の稽古を行えば合気は出来る技術です。

 もう一つ大事なのは、嘘の口伝がまかり通っています。
・武田惣角からの口伝はほとんどありません。合気上げの朝顔の花は本当に言われたようです。
・様々な他の人がコツを説明しようとした時に話た言葉が口伝に成っています。
鷹の爪、千鳥、その他諸々殆どが惣角の口伝ではありません!
・久先生の次の弟子などの世代では自分に箔をつけたい為に様々な先輩の飲み会での話なども口伝と称している事が多々あります。これは有る程度は稽古のコツとしてその者達が考えた話が事実の様です。

 技の感触や説明などはまた稽古時に、ただしまだ自分の身体が出来ていない者にはすぐに出来ない事も多数ありますが、体操を含めて指導している剣、捌き、などが大事です。