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稽古覚書10月18日(火)
全ての技に共通ですが、相手に技を施している時に隙が有って反撃されてはいけません。ただ万能はありませんのでその様な確率を下げる工夫が入っている事が肝要です。
同じ様な技を、稽古時に相手に反撃される余地が高いのは、手の操作や手順に気が回りすぎている初心者の姿を見れば一番良く理解できると思います。 
 どの技も指導者が手本を示す時には、実際に技をかけている時(これは往々にして古式の考え方に基づく先生が多い)と出来るだけ丁寧に口頭で説明をしながら行う時(近代的で丁寧な説明をされる指導の時)が有ります。同じ人でも両方の指導をされる時もあれば、どちらかの方法しか取らない、しかも極端な指導をされる時が有ります。比較的運動部系の理屈きらいで身体で覚えろ派と、近代的に説明重視の派が有ります。
 ですので説明時は技を切れ切れにしなければ話が出来無いので止めたりします、その時には本来の技の効果は薄れます。なので隙も出やすいです。これは本来は隙があるのではありません。

 本当に隙があるのは、説明しなくて技をかけている指導者に隙があれば、その技は何か欠けています。受け手が攻撃しないつもりでかける技は意味がありません。武道とは言えません。
 どちらかと言うと硬い技をしている人は、手わざが多いので反撃する事が可能に感じられます。柔らかい技でも、相手に背を向けすぎたり、受け手の空いた手からの攻撃が全くされない様なつもりでは、技としては成立しません。もし、受け手が反撃してもそれを最低限に防げたり、相手の手をとらえる範囲にあればそれは技として成立する可能性は大です。受け手はいつも反撃を出来るつもりで構えを作る事が、正しい技の理合いの習得に大事な事です。ただし別時点でも何度も話ていますが、現代格闘技の稽古時の様な乱捕稽古を交えると全く古流の技術の会得には到達できません。乱捕は禁物です。
 例えば胸取の技の時にもう一方の手をだらんと下げたり、全く遠い位置で後ろの方に置いているのは全く稽古としては不適切です。最低限手を構え、殴る手前か小太刀などで切りつけるつもりが要ります。
また技により基本的な攻撃はどのような力の出し方をするのかも、稽古者が互いに理解している必要があります。
 胸取の場合は少し柔らかく肘が曲がっている状態で相手を静止させる形を基本としている事が多いです。
 この状態から技の手順をキッチリと行いつつ、その中で姿勢保持、上半身を力まないで同時にダラダラに力を抜かない、下半身の安定、膝をひねったりしない、腰は軽く落とすが必要以上にしゃがまない、正中線の保持、掴まれた位置から対抗する時に自己の平行線(稽古時に指導している高さ)の保持、自身を臨機黄変に守れる軽い構え(大仰な構えは攻められる隙をどこか作る悪手である)、肘を曲げない、必要な手指に力を出す剣の心得、など無意識に出来る身体造りをします。
 受け手も掴んだ腕を伸ばして押すのは悪手、対抗は伸ばしきった腕を叩き折られる可能性が高い事に有る、
少し荒い指導になるが当身をいれれば簡単に崩れる(稽古時に指導、そもそもの超初伝で教わるはず)。
 応用として少しきつめに腕を曲げて相手を引き付ける現代風の格闘や喧嘩の形があります。その場合はさばきが変わったり、最悪の場合は異なる手順になります。
 当身も胸取も腕を伸ばすのは最悪手で自らは行いわない事が大事である。
受け手も隙を作らず攻撃をかけて、まず静止に近い状態で攻撃してもらいその対処をしながら、捕手は技の途中において、スピード以外の要素で隙の無い事を常に考慮した形になるのが肝要です、先輩諸氏が古伝の形を指導している時に、隙だらけ過ぎる時には、前において説明時以外は研究しながら行いましょう。