どうも!顔隠れの忍でござる!

さて、私の周りで
「価値提供」
という言葉をよく耳にします。

その中で特に耳にするのが
「自分には与えられるものが何もない」
という声です。
あ、私もそうです( ̄▽ ̄;)

ただ、インターネットの発達したこの時代で
人は色々な方とコミュニケーションを
取れるようになりました。
まあ、最近は心ない誹謗中傷の末に起きた悲しい事件もありますが…

さて本題です。

上記にもありましたが、
言葉は時として暴力にもなります。
しかし相手の承認欲求を満たす素晴らしい手段にも成り得ます。
例えばSNSでの「応援してます」のコメントとか…

そう、他者への興味、
つまり「愛」を与えることができるのです。

世の中は結局人との繋がりです。

だから、このSNSという手段は周囲への愛情を広げることもできるのです。

もし
「自分には何もできない」
と嘆いてる方がいるのなら、
周囲へ愛情を向けることから始めてみてはいかがでしょうか?
「いいね」だったり「ありがとう」だったり…

誰かに見てもらえてる、認めてもらえてるというのは人にとって嬉しいことだと私は思います。

つまり、あなたには持ってない物などないのです。

だから、胸を張ってください。
私も張ります(笑)

そしてすぐにあなた(というか我々)の持ってる「愛情」という価値を届けに行きましょう。
とある方の勉強会で、新約聖書の言葉をモジッて作られた言葉です。

その時は情報発信をすることの大切さを説いていました。

「発信することで自分が何者かわかる。」

自分の興味、やってること等を発信してそれ故の「与えよ、さらば与えられん」なのです。

でも与えられるものはそれだけでしょうか?

否!

いいねやコメントを付けることも十分「与える」という行為です。人は一番興味がある話題は自分に対する話題なのです。
そして、承認欲求(認められたい欲求)に飢えてます。

それを満たすのがいいねやコメントなのです。

「あの人はいつもいいねやコメントをくれて見てくれている」
これだけで信用に繋がるのです(人道に反さなければ…)

もしあなたがこの人に見てほしいなり信用が欲しいと思うなら、まずは自分から動いていいねやコメントをしましょう。
そうすることで人間には「返報性の法則」が出て興味を持ってくれます。
もしそこで見向きもされないなら、諦めず行動するも良し、それともそんな人と仲良くなりたくないと切り捨てるのも良し、選択は様々です。

さあ、臆せず与える側になりましょう。
そうすることで道はとてつもなく拓けます。
わかりやすく言うと、

論破しない

ということです。

忍者は諜報活動を主としているため、相手から信頼を得て情報を得る必要があります。

考えてみましょう、同じ条件の人でも
自分の話をよく聴いてくれる人と、
自分の話を遮って聴いてくれない人でしたらどちらの人と付き合いたいですか?

答えは自分の話をよく聴いてくれる人ですね。
それは何故か?

理由は自分にとって一番興味のある話題は

自分に関すること

だからです。

仮に自分の話を気持ちよく話してるときに遮られて別の話を持ってこられたら嫌な気持ちになりませんか?
その心理を忍者は心得ていたため、忍者は相手を論破せずに気持ちよく話させていたそうです。

相手を論破せずに気持ちよく話させることは
信頼を得るための近道です。

故に論破しないのです。