かれこれもう2週間が経ちますが、先々週行ってきた萩旅行のレポですぴんくほっぺすまいる
おそらくちと長くなるかもしれませんがお付き合いくださいませ。。

萩に到着したのは11日の夜。
今回の旅のメインイベントのひとつである翌日の「松下村塾特別講座」に備えてです音符

折角の貴重な機会。。!とどうしても着物着物が着たくて、レンタル&着つけの予約を前もってしていたので、翌日(12日)は、城下町は桂さん家の目の前にあるKimono Style Cafeさんでぴっちりと着つけをして頂き、いざ松陰神社へあげぽよ

今回参加した「松下村塾特別講座」は前にもblogで紹介した「ディスカバー!長州博 明治維新の旅 」さん主催で、9~11月の3回開催した超☆素敵イベントの最終回でした。

内容としては、
松陰神社での正式参拝
    ↓
松下村塾の建物にあがって宮司さんの講義を聴く

。。と約1時間~1時間半の催事なのですが、ちょうど時期的に七五三の参拝をする方もちらほらいらっしゃったので、急遽松下村塾での講義が先になりました。

国指定の史跡なので通常はあがることは出来ないのですが、今回は特別あげぽよ
聖域に上がれる事に胸がいっぱいハートあっぷあっぷになってしまい。。もう。。舞い上がりそうな勢いでした
。。
松陰先生の掛け軸のある前の文机に宮司さんが、
そして参加者の座る配置は。。あ、説明より写真載せたほうが早いか。。




マチコの『マチぼうけ。』

こんな感じで聴講しました。講義室真ん中にいらっしゃる白いお召し物が宮司さん。

当時の授業は宮司さんのいる辺りに松陰先生がいたのかな?と思っていたのですが、松陰先生が居たのは(ほぼ宮司さんの場所ではありますが)像(萩焼?)のあるあたりで結構自由な配置で受講していたようなことを仰っていました。
わっハート私のとこは誰だったのかしら。。とか、しょっぱなからそんな妄想も広がります目がハート顔

宮司さんはすごくお話し上手で、たまに冗談も交えたりして、楽しい講義でしたよキラキラ
内容としては。。

巻物松陰先生の略歴
幼少時のおじの玉木文之進先生(松下村塾創始者)からのスパルタ教育を受ける。でも玉木先生の教育のおかげでメキメキと才覚をあらわす。
11歳の頃藩主敬親公の前での山鹿流兵学講義→この事で敬親公に気に入られ、以後厚い信頼を寄せられる
等等。。

巻物アメリカ密航を企て、潜伏していた下田の海岸から小舟をこいでミシシッピ号→旗艦のポーハタン号でペリーの意を受けた通訳官・ウィリアムズと面会するまでの経緯

巻物密航が失敗→自首→江戸の伝馬町獄→萩の野山獄に投獄
野山獄で松陰先生は沢山の読書、そして囚人相手に孟子の講義をしていて、出獄後その講義録が未完成だったことから、「これを完成させてはどうか」という事から最初は幽閉先の実家の杉家の幽囚質からで父や兄らに向け講義をはじめた(これが松陰先生の松下村塾のはじまり。)→門下生が増えていまの村塾のある場所で講義→手狭になり門下生たちで増築。


巻物松陰先生がした孟子の講義の内容は「講孟箚記(改題後は【講孟余話】)」という本になっている。
松陰先生を勉強したい方は読まれるとよい、と宮司さんも仰っていたので、鵜呑みさせて頂きまして。。つい先日書籍を買い求めましたW
講孟余話 ほか (中公クラシックス)/吉田 松陰
¥1,628
Amazon.co.jp
巻物宮司さん曰く、「女性には、松陰先生が妹の千代さんに宛てた手紙を読んで欲しい」との事。
お嫁入りするときの心構えから、俳句の指南や胎教の話まで書かれているそうです。

巻物当時のほかの塾や藩校のように授業は一律おなじとこから。。とかではなく、松下村塾では個性にあわせ、松陰先生は一人一人をよく見て教育を行っていた。
今回の講義では、松陰先生→門下生の評の中で、栄太郎さん(吉田稔麿)評と伊藤さん(伊藤博文)評を挙げていました

巻物尊皇の精神は現代の日本にも脈々と受け継がれている、ということ。
(3月の東日本大震災の話を例に→国民の、政府の対応に関する感情と、天皇陛下のお言葉や被災地への慰問に対する感情の対比。)

巻物そして、松陰先生の辞世の句である留魂録の冒頭の「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」にも記される
【大和魂】の意味とは?
【大和魂】という言葉が一番最初に書物に登場するのはなんと『源氏物語』だそうです。
時代によって意味は変わるけど、松陰先生が伝えたかった大和魂の意味は何なのか?
。。というのが宮司さんから私たちへの宿題でしたemi

(※講義の内容を思い出すにあたって、さくらさん桜ご助言ありがとうございました!!※)

講義の後は塾内を撮影する時間を少し設けていただいたので、やりたい放(ry 。。。もとい何枚か写真LUMIX DMC-TZ3撮らせていただきました。

時間も差し迫っていたので、次は本殿で正式参拝。

。。の前に手水舎で手口清めて本殿へ。。

玉串奉奠(たまぐしほうてん)をされたい方はいらっしゃいますか?といわれたので、すかさず挙手W
思い出作りですよ。。
神主さんに作法をレクチャーしていただいて、どうにかミスることなく無事祭壇に玉串を奉納できました。。

宮司さんに松陰神社の御神体(本人の遺言により生前愛用していた赤間硯と書簡)のお話などを聞き、最後に御神酒を頂き正式参拝は終了。

この日朝一の便で萩入りをする予定だったさくらさんたちが、フライトの一時間以上の遅れにより定時(宮司さんの講座)に間に合わなかったのですが、宮司さんの御厚意により、正式参拝後にさくらさん達に特別講義をされていました!
主催さま、そして宮司さんステキ過ぎますわ。。!さくらさん、本ッッ当によかったですねすまいるあげぽよ
(私はその間、村塾の外で今回の主催であるJTB山口の皆様とお話をして待たせていただきました。)

最後にステキ宮司さんと一緒にお写真を。。

このあと同敷地内にある至誠館にも寄るのですが、それはまた次の日記で。。

今回この講座に参加したという貴重な体験は、思い出とそして心の宝物になりましたクローバー

リスペクト 松陰先生敬礼キラキラキラキラ



















そして午後3時。
幕末野外劇「岐路(わかれみち)」スタートです。

初代内閣総理大臣になった伊藤博文が、松陰先生とその遺志を引き継いだ門下生との、日本を憂い倒幕をなしとげる為に駆け抜けた日々。。を振り返る形のお芝居でした。

英国公使館焼き討ち事件ファイアのエピソードも。
ここで、福原乙之進がヘマをして、計画がもれないように焼き玉をちぎって1個全部食べちゃったと告白するくだりが好きで( ´艸`)W
「世に棲む日日」だとこれを聞いた高杉さんが「きゃっ」って笑うんですよね←ここ、好きなんですキラキラ「きゃっ」ってどんなん笑WWW

パレードに出演していた役者さんが一人何役もこなされていて、転換とか、話のテンポも良くて大変面白いお芝居でしたすまいるあげぽよ

続いて4時からは一坂太郎先生の講演会。
題目は「晋作と吉田稔麿」
前日土曜日の「松陰と吉田稔麿」の続きの内容の講演だそうです。

前日は参加できず、勿論講演は聞けていないのですが、会場に着いてすぐに購入した一坂先生の最新著書本「吉田栄太郎の幕末」を要約した内容の講演だったので、参加できた日曜の講演会も著書の文章を追いながら聴講しました電球

私は新選組誠の旗から幕末史に興味を持ち始めたので、以前は”吉田稔麿=あ~!池田屋の!!”って超!ざっくりとしたイメージだったんですよガーン(爆)
でも、高杉がきっかけで長州毛利家を好きになって、本や歴史関係のサイトとかを通して、その中で勿論稔麿の事にも触れる訳ですが、そこで彼がいかに優秀な人材であったという事とか、人間性とか知ってからイメージがすごく変わりましたniko*キラキラ

自分がいかに偏った歴史の見方をしていたんだなぁ。。って思います♥akn♥汗汗

一坂先生の講演は大変分かりやすく、学生時代は授業・講義や講演会。。必ずと言ってよいほど寝ていた(もしくは別の課目のレポをしてた)私ですがakn(笑)、この講演会は一時間、最初から最後まで楽しく聴講させて頂きましたきゃはキラキラキラキラ

講演が終わったのが午後5時近く。
著書を買った方にはサインをくださるというので、サインを頂き、昼間に出発したお神輿が戻ってきたため本殿付近は激混み状態だったので、離れた場所からお参りをして(来月こそは!萩の松陰神社で参拝します。。!!)、お酒を引き取りに行き。。ちょこちょこ入口付近で撮影などをさせて頂き。。お祭り会場を後にしたのでした。。

一日ご一緒して下さったさくらさん!ありがとうございました&お疲れさまでしたayaキラキラ!!

昨日・10月27日は吉田松陰先生の命日(1859年10月27日)でした。
。。と言っても私はお仕事でしたので、夜、萩のお酒(お祭りで買った長陽福娘)日本酒を飲み、「留魂録」を読み松陰先生を偲ぶ、ささやかな松陰ナイトを実行しました~akn
パレード開始の午後1時。
神輿のスタートと共に松陰神社の前の人出がすごい事になっていたので、パレードスタート地点の世田谷区役所に向かってパレードを激写しよう!。。ということで松陰神社から商店街を越え、大通りの世田谷通りへ。
最初は小学生の金管バンドなどが通って最後に松陰先生と門下生、そして奇兵隊の皆々様が行進してきました。
マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り3
大きなお祭りとはいえど、特に交通規制とかはしてないみたいで、路肩を歩くパレード御一行様。
赤信号ではぴっちりと信号待ちをする松陰先生たちの絵面が何とも。。笑WWW

マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り4
奇兵隊は高校生くらいの子達かな。。
後ろには鉄砲隊も居て、時折止まっては号令と共に空砲を打つデモンストレーションをみせてくれました。

マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り6


パレードの到着を今かと待ちわびていていた松陰神社前の人出はピークに!!

マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り7
栄太郎さん、槍を持ってます♪

最後は本殿前でエイエイオーと勝どきをあげてパレードは終了。
パレード参加した皆様方で記念撮影をしてるところをパチリ。

マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り8
この時点で午後2時ごろ。
3時~の幕末野外劇までまだ1時間あるのに観劇ブースがどんどん埋まってきていたので、席を確保して座って待つことに。。
すると先ほどパレード参加した劇団の方々が写真撮影するお客さんに囲まれていたので、パレード前も撮らせていただいたのに「じゃあ私も~~音符」とちゃっかり参加してきました~WWW


マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り9

高杉さん三味線
一緒にお写真も撮らせて頂きましたayaてへ
やはり高杉さんは女性からの人気がすごくて、しばらく撮影待ちの方がいたので、久坂さんらの
「そろそろ(野外劇の準備)だぞ~」
の呼びかけに
「あ、あとちょっと・・」
と応答したら。。
「あいつはああいう奴だ」
の言われ様笑笑

役者さんにはなにも罪がないのにWWW
高杉さんは昔も今もモテモテハート

そして松下村塾前での皆さんのショット。

マチコの『マチぼうけ。』-2011幕末維新祭り10
【左から】栄太郎さん、久坂さん、松陰先生、高杉さん、宮部さん。

。。あ汗レポ、まだ長くなりそうな予感なので。。全部で3分割で行こうと思います。。
あと一回更新します。
長々とすみません♥akn♥汗