************************************転載歓迎**************
永田文夫さんにきく
六ヶ所村再処理工場周辺の
放射能汚染
●日時:2010年3月22日(月・休) 13:30開始(開場は13:10)
●場所:東京都北区「北とぴあ」902会議室(http://www.kitabunka.or.jp/)
(JR線・東京メトロ南北線・都電荒川線 王子駅すぐ)
●講師:永田文夫さん(三陸の海を放射能から守る岩手の会 世話人)
http://homepage3.nifty.com/gatayann/env.htm
●定員:50人
●参加費:800円
(余剰が出た場合、「三陸の海を放射能から守る岩手の会」に寄付します)
●主催・連絡先 永田文夫講演会実行委員会
電子メール nonukes6@gmail.com
ファックス 042-740-5036
実行委員のブログ 「六ヶ所村で自然を返せと叫ぶ。」
http://d.hatena.ne.jp/aresan/
青森県下北半島の、太平洋に面する六ヶ所村に、日本各地にある原子力発電所から出た使用済みの核燃料をぶつ切りにして溶かし、プルトニウムを取り出すための工場があります。このプルトニウムを取り出す過程は、「再処理」と呼ばれています。
原子力発電所には、「これ以上の濃い放射能廃液を環境に出してはいけない」という濃度基準がありますが、再処理工場にはありません。そのため、建設計画が持ち上がった段階から、周辺環境に影響が出るのではないかと心配されてきました。
2006年3月31日、再処理工場を所有する日本原燃株式会社は、原発から出た実際の使用済み核燃料を用いた試験運転を開始しました。この時点では2007年8月に本格操業に入る予定でしたが、トラブルが相次ぎ、現在は今年10月に操業を開始する予定になっています。
試験運転の開始以来、再処理工場は放射性物質を上空および太平洋に排出し続けてきました。その一方で、ここ数年、再処理工場に隣接する尾駮沼(おぶちぬま)のプランクトンや藻類など生物のヨウ素129の濃度が以前よりはるかに高くなっていること(*1)や、太平洋沿岸の海水のトリチウムの濃度が三陸海岸にそって高くなっていたこと(*2)などががわかってきました。
今年1月20日、再処理工場の凍結を求める署名が政府に提出されました(*3)。このたび、その時に再処理工場周辺の放射能汚染について国の担当者に対して放射能汚染の現状について説明を行った「三陸の海を放射能から守る岩手の会」の永田文夫さんに東京まで来ていただき、お話をうかがう機会を設けました。再処理工場や周辺の放射能汚染が心配なみなさま、ぜひお集まりください。
永田文夫講演会実行委員会
*1 の「平成20年度放出放射能環境分布調査報告書」(財団法人環境科学技術研究所)による。
*2 文部科学省原子力安全課の「平成20年度海洋環境放射能総合評価事業成果報告書」(文部科学省原子力安全課)による。
*3 この時の動画→http://www.youtube.com/watch?v=eGYZd5A7Mok (7分54秒)
「三陸の海を放射能から守る岩手の会」世話人 永田文夫(略歴)
2010.1現在
1964年から岩手県内の県立工業高校の工業化学科の教員として(沿岸の釜石市、大船渡市、内陸では盛岡市、北上市と4工業高校)勤務しました。各勤務校では化学クラブの生徒と一緒に河川、湖沼、海水などの水質調査や大気汚染の調査を行い理科研究発表会、学生科学賞等で結果を発表させてきました。
●釜石工業高校:河川の水質・雨水・大気・ばいじん調査
●盛岡工業高校:高松の池・八幡平の湖沼の水質とプランクトン調査
●大船渡工業高校:古川沼の水質・プランクトンなどの調査
1992年から11年間は県立の心臓、腎臓、不登校などの生徒対象の病弱養護学校で化学・数学などを教え定年を迎えました。ここでは脳性麻痺の重度障害を持つ高等部の生徒の訪問指導を2年間させてもらいました。
1970年頃 新日鐵釜石の公害問題(住民運動の支援、煤塵、排ガス測定等)に取り組みました。
1972年、岩手県高等学校教職員組合に「公害・環境調査委員会」を設置してもらい初年度と次年度は委員長として、以降は委員として定年まで活動しました。定年以降もOB委員として現役の人たちと活動しています。この間「岩手の環境読本」など5回冊子を発行しています。委員歴38年になります。
定年後は不登校・引きこもり若者のNPO 岩手県青少年自立支援センター「ポランの広場」のボランティア相談員をしていました(現在は多忙につき行事参加やHPの書き換え程度)。他に一家4人が化学物質過敏症CSの子どもたちにボランティアで科学を教えていました(08年秋からは再処理工場の問題が多忙になり中止)。
いわてCS(化学物質過敏症)の会(副代表)
CS(化学物質過敏症)を考える会(顧問)
NPO青少年自立支援センター「ポランの広場」(理事)
放射性廃棄物や再処理工場の問題に関わっては仲間と共に
1980年 岩手県滝沢村に医療用放射性廃棄物処理工場(RMC)の計画
1981年 市民団体「放射能汚染から故郷の自然と子どもたちの命を守る会」
に参加し活動開始。
1987年6月 RMC操業
1988年5月 滝沢村RMC監視委員会が村で設置、学識経験者3名の内の1人として委員になる。(現在も監視委員として活動)
2003年12月 RMC敷地内に研究用放射性廃棄物処理工場の建設計画市民団体「放射能汚染から故郷の自然と子どもたちの命を守る会」や市民団体とともに建設反対運動を展開
2004年9月 研究用廃棄物新RMC計画 滝沢村長撤回
2005年2月 青森県六ヶ所村再処理計画に対して、市民団体「三陸の海を放射能から守る岩手の会」を仲間とともに結成し事務局、世話人として活動開始。
2005年10月 岩手県議会へ提出した「三陸の海を放射能汚染から守る請願」が議員全員一致で採択される。
2007年11月 国(経産省、環境省、農水省)へ全国署名「海に空に放射能を流さないで」を92387筆提出(追加1月提出計106314筆)
2008年10月 岩手県議会へ「岩手県を六ヶ所再処理工場の放射能汚染から守ることについての請願」を提出。中身は高レベル廃液が環境に漏れ出さないように安全管理の徹底を求めています。これは4:4の同数になり委員長裁決で不採択になりました。
2010年1月 総理大臣(内閣府)へ全国署名「海に空にこれ以上放射能汚染を広げないよう再処理工場の稼働凍結を求める署名」を提出(95492筆)
※ 現在、再処理工場の監視をしつつ、月に2回程度の例会をもち、会の仲間とともにこの問題を広く国、原燃、青森県、岩手県、各議員や漁民をはじめとするみなさんに訴えております。
※ 2007年9月発行『いのちと放射能』柳澤桂子著(ちくま文庫 560円)の解説を書かせて頂きました。