ピピピ ピピピ ピピピ
 目覚ましがなる。
 ピピピ ピピ・・・
 目覚ましを止める。
 寝返りをうち、もう一度眠ろうとする。

 だん だん だん だん

 階段を上ってくる音が聞こえる。

 ガラッ

 扉が強引に開けられる。


「お兄ちゃん!朝だよ!起きなきゃ学校遅刻するよ!」


妹が俺から安眠を奪いにきた。こんな時誰もが言うお決まりの台詞を俺ももらなく使う。


「・・・あと8時間だけ・・・」


「何改めてちゃんと睡眠とろうとしてるのよ!早く起きてー!」


妹が俺から布団という安眠器具を奪いにかかる。負けじと俺も布団にしがみつく。


「由希ちゃん・・・どきなさい。」


「えっ・・・は、はい・・・」


急に妹が布団を引っ張らなくなった。


―・・・?ようやく二度寝ができる・・・―


メシャ


 鈍い衝撃が腹にえぐり込む。意識が眠気から激痛に変わる。


「ぐはっっ・・・い、いって・・・」


「あら・・・こんな時間にまだ起きていなかったの?てっきり起きていて避けれると思ったから蹴りをはなってしまったじゃない。」


「・・・くっ・・・気分のいい目覚めをどうも。」


「そう・・・なら毎日起こしてあげましょうか?」


「いいや、こんな素晴らしい起こし方を何度もされては昇天してしまいそうだからお断りするよ。」


「あら・・・残念ね」


「というか家に勝手に上がるなと何度言われればわかるんだ?名木野」


「あら鳴と呼びなさいと何度言ったらわかるのかしら。私達は婚約者どうしなのよ。早く起きて支度をなさい。学校に遅れてしまうわよ。」


「はぁ・・・わかったよ。着替えるから出て行ってくれ」


「じゃ由希ちゃん出てもらえるかしら」


「は、はい」


「ちょっと待て。何故お前は出て行かないんだ?」


「着替えを手伝うためよ」


「いらねーよ!出てけ!」


「そう・・・冷たいのね」


そういい残し二人は部屋を出て行った。

 十年前に交わした忌まわしき約束。俺はうかつにも最高に最強で最悪な女、名木野鳴の婚約者になってしまった。それ以来、名木野は俺に断るごとに付きまとう。はっきりいってかなり迷惑なのだ。
 さらにやっかいなのは名木野のことを親父が気に入ってしまい、すっかり家の出入りも自由になってしまっている。
 もはや家の中にもくつろげる場所はない。俺にとって子供の頃に交わした安っぽいはずの約束は、けして振り切ることのできない呪縛と化していた。





忍「中越中央の次期監督が・・・俺をスカウト・・・」


 俺は嬉しさとこれからの楽しみに心躍り小さくガッツポーズをした。
 もうチームメートで苦しむこともない!純粋に仲間達と上を目指せる環境を用意されたんだ。
 俺は今すぐにでも返事をしても良かったが、一応学校と両親に相談しようと思い、その日は球場を後にした。

 帰り道。
 俺は1人、自転車をこいで自宅に向かっていた。
 しばらく走っていると前の方に小学生くらいのやつがジャージ姿でランニングしているのが見えた。


忍(小学生も頑張ってんだなぁ・・・)


そう思い横を通り過ぎようとしたとき、


?「あっ!おい!忍じゃん!」


忍「・・・!」


達也「俺だよ!俺!達也!久しぶりー。」


忍「あっ!達也じゃん!久しぶり!」


驚いた。去年の春以来の再会だが、なんら体格が変わっていない・・・と言うか、小学生から変わっていないんじゃ・・・
 小林達也は実は体が非常に小さい。一見して小学生にも見て取れる程だ。去年の春に会った頃は、これから伸びるから、と言っていたが・・・


忍「それにしても達也、相変わらず小せぇな。もしかして縮んだ?」


達也「なんでそんな初老の現象起きんだよ!おまえがでかくなり過ぎなんだよ!それに、これでも伸びてんだよ!」


忍「へー、今何センチ?」


達也「・・・149・・・」


忍「マジで!」


達也「うるせーよ!高校行ったらグンッと伸びるんだよ!それよりその格好、野球だったのか?」


忍「ん・・・あぁ・・・最後の大会だった・・・」


達也「その反応だと、お前負けたろ?」


忍「・・・あぁ・・・。」


達也「だせー!はははー。」


達也はでかい声で笑いだした。


忍「うるせぇっ!笑うな!俺だってちゃんと野球やりたかったんだよ!」


達也「はは、そっか・・・わりぃわりぃ。まぁまだ野球人生はこれからじゃん!高校に行けば甲子園大会があるんだぜ!今からどっきどきするよなー。」


忍(・・・!そうだ!こいつも確か中越中央からスカウトされてんだよな。)


忍「お前、中越中央からスカウトされたんだよな?」


達也「ん・・・あぁ、そうだよ。なんで知ってんの?」


忍「実は・・・俺もさっきスカウトされたんだよね。」


達也「そうなの!で、行くのか?」


忍「当たり前じゃねーか!最高の設備で野球できるんだぜ!これから二人で頑張っていこうぜ!」


達也「二人で?お前と誰?」


忍「俺とお前に決まってんじゃん。」


達也「は?言っておくけど俺は中越中央には行かねーぞ。」


忍「・・・えっ!」


 あっけにとられた・・・予想だにしない返答だった。俺が求めたモノの1つがもう失われた。


忍「ちょっと待てって!お前、あの中越中央だぞ!なんでだよ!」


達也「行かねーもんは行かねーんだよ。」


忍「じゃあお前どこの高校に行くんだよ?」


達也「西中川猫山学園だよ。」


忍「お前っ!あんなとこ行くのかよ!」


 西中川猫山学園。通称、西中猫。創立わずか三年の私立高校で、地元にある高校だ。偏差値は普通だが、高校の方針で部活動よりも勉強に力を入れている。


達也「そうだよ!だって一番近ぇもん。歩いて五分だぜ!」


 こいつのこの気楽で短絡的な考えはマジでムカツク。


忍「お前バカじゃねーのか!本気で甲子園目指すんなら西中猫はねーだろ!それになぁ、西中猫にはたしか野球部ねーんだぞ!」


達也「知ってるよ。」


忍「じゃーなんで!」


達也「創ればいいじゃん!新しく俺が野球部創るんだよ!いいだろ?」


忍「・・・っ!」


達也「それにさぁー、新しく部を作れば、先輩もいないし、自由に練習できるし、なにより一年の頃からスタメン間違いなし!なっ?いいだろ?」


忍「・・・でも、お前なら一年の夏くらいからレギュラーとれそうじゃねーかよ!それにまともな指導者のいない学校でやったて成長できねーぞ!」


達也「ふふふ・・・俺だってバカじゃない!」


忍(十分バカじゃねーか・・・。)


達也「実はさぁ来年西中猫に赴任してくる先生の中に凄い人いるんだよね!」


忍「凄い人?誰だよ?」


達也「聞いて驚くなよ!あの、清原哲人だよ!」


忍「・・・!なっ!清原哲人ってあの清原哲人かよ?」


 清原哲人。6年前の甲子園大会で大阪松陰高校の四番でエースだった人だ。高校通算本塁打90本、ピッチャーとしてもMAX154キロのストレートと切れ味鋭いスライダーを武器に、2、3年時に甲子園連覇を果たしている。


忍「でもあの人、怪我で野球できなくなったって・・・。」


 そう、清原哲人はプロ12球団から指名されることが確約していたが、甲子園大会終了後に交通事故に遭い、野球ができなくなってしまったのだ。当時大きくニュースに取り上げられ、清原哲人はショックから立ち直れなずに不登校になり、そのままマスコミは沈静化していき、その後の情報はわからない。


達也「それがさぁ、どうやら大学に進学して教員免許とったらしいんだ。それで高校時代に世話になった教師が西中猫にいるらしくて、そのツテで西中猫に来るらしいんだ。」


忍「だけどその人が野球部見てくれるとはかぎらねーだろ?」


達也「バカだなぁ、そこを俺が説得するんじゃねーか!」


忍(こいつどんだけポジティブなんだ?)


達也「まぁそーゆー訳で、俺は中越中央にはいかねーから!それに強豪チームを新設のチームがぶっ倒すなんてワクワクするじゃん!」


忍(・・・)


達也「そうだ!忍もいた方が野球部創るのに手っ取り早いな!忍も西中猫に入れよ!」


忍「ちょっと待てよ!なんでそうなるんだよ!」


達也「いーじゃん!なっ?ノリで入ろうぜ!」


忍「ノリで決められねーよ!」


達也「ちぇっ・・・。」


忍「とにかく少し考えさせてくれ。」


俺はごねる達也をなんとかなだめて家に帰った。
 その夜。
 俺は悩んでいた。


忍(このまま中越中央に行って、強豪チームで甲子園を目指すか。それとも達也の誘いにのって、あいつと一からチームを創るか。)


 両親にも相談したが、自分の行きたいところに行けばいい。と言われた。


忍(どうしようか・・・。




「ゲームセット!」


 終わった・・・俺たちの中学3年間が、今幕を引いた。


「あーぁー負けちまったな」


「終わった終わった」


「どっか寄ってく?」


「それ賛成」


 チームメイト達は3年間の思いに浸るわけでもなく、平然とベンチを片付け始める。


?「おまえらぁっ!」


「あ?」


?「終わったんだぞ?俺たちの3年間の努力が!」


「んなマジになんなって」


「そうそう」


「つうか俺らマジに野球なんてやってねーよ。」


「おまえだけじゃん?バカみてーに練習してたの」


「じゃーそーゆーことで」


「じゃーなー忍」


チームメイトは笑いながらベンチを後にした。


忍「ありえねー・・・」


 俺はうなだれた・・・3年間やってきてチームメイトにやる気がないのは知っていた。
 だがなんとかこの最後の大会だけは、という思いでやってきたとゆうのに、最後も結局これか・・・チームメイトのエラー、エラー、エラーの試合で、ある意味3年間の全てが出ていた。


忍「ふざけんなっ!」


 ガァン!


俺はベンチを蹴り上げた。チームメイトに対する怒りが沸々と沸いてくる。


?「やぁ」


忍(・・・?)


顔をあげると、ベンチの出入り口に健やかな笑顔のジャージ姿の三十手前くらいの男が扉を背に立っていた。


?「いやー試合観てたよ。残念だったね」


忍(なんだこの人?)


?「あぁ、自己紹介がまだだったね。これは失礼。僕は中越中央高校の次期監督の三島だ。よろしく」


忍(中越中央!中越中央って言ったら県内でも指折りの強豪校じゃないか!)


三島「君・・・稲田君でいいのかな?」


忍「はい。稲田忍です。」


三島「稲田君さぁ、いきなりで申し訳ないんだが・・・もし良かったら、卒業後にうちの高校に来ないか?」


忍(・・・!俺があの中越中央に!)


三島「僕の観ていた感じでは、君のチームメイト達からは野球に対する熱い想いが伝わってこなかった。しかし君は違う!君からは野球に対する熱い想いを感じるし、中学生にしてその強肩と強打!君は伸びる!それにうちの野球部は、皆が同じ目標に向かってやっている。」


忍(みんなが同じ目標に向かって・・・)


その言葉は重い。チームメイトに恵まれなかった俺が、心の底から願っていたモノだ。


三島「別に今すぐ答えを出さなくてもいい。君の選択だ。じっくり考えてくれ。」


忍「はい。ありがとうございます。」


三島「それと君の他にも同い年の小林達也君なんかも誘っているんだ。彼の事知ってるかい?」


忍(小林達也!)


 小林達也は俺と小学校が一緒で、野球部でも一緒に練習した仲だ。中学は別々になったが、今でも街で見かければ話したりする。達也は中学の野球部には入らず県の強豪シニアチームに入っていた。その野球センスは小学校のときからずば抜けていた。


忍(あいつと中越中央に行けたら絶対甲子園に行ける!)


三島「まぁそうゆうことだから。じゃあ、決心できたら連絡をくれるかな。はい、僕の名刺。」


忍「はい。」


そう言って三島さんは去って行った。