こんばんは、kharisです。今月は更新が滞ってばかりで申し訳ありません。それでもこうやってできるだけ月に最低1個はブログを投稿できるようにペースを維持していきたい所存です。
さて、今日は私のSNSについて書きたいと思ってます。ちなみに現在私が利用している主なSNSは、LINE、Twitter、instagram、そしてこのアメブロですね。中でもTwitterはもはや癖で見てしまうぐらいにまでは定着してしまっています。
そんなSNSですが私、利用するSNSごとに雰囲気が違っているということに最近疑問を持つようになりました。
もちろん一重にSNSといってもツールとしての機能は多種多様なわけで、そんな中で使い方なりを模索しているうちに、自然と雰囲気は形成されていくわけで・・・。なので、雰囲気自体が変わることはなんら不自然なことではない筈なんですけれども・・・。
ブログをしていると、やはりこういった自分の素の部分というか、本質的な部分から湧いてくるテーマに忠実な内容を書き連ねようとするせいか、全体的にかっちりした堅い雰囲気になってしまうんですよね(今がまさにそう)
打って変わってTwitterなどは、ブログとは大幅に違いツイート(呟き)を投稿するわけで、これもある種自分の本質的な部分が出てくるという点ではブログと共通してるんですけれども・・・
何よりTwitterは字数制限があるんですよね・・・
まあ、あくまで呟きなので・・・
そうなるとあまり大それたことは言えないというか、基本的にどんな一言では言い表しにくいような、衝撃的で深刻な内容の出来事であったとしてもやはりフラットな形に収まってしまうかなって・・・
なんか、少し脱線しがちみたいなので結論を言わせて頂くなら
ブログとTwitterの雰囲気のギャップに少し戸惑いを抱いている
ということです。
Twitterは、やはり機能としてはショートメッセージというか、一言日記としてのイメージが強いのでやっぱり少し饒舌気味にはなってしまうのかなって・・・
極端な例で言えば、現実では根暗でコミュ障の、所謂陰キャが、明らかにTwitterやLINE(トーク相手やトーク内容にもよる)では明らかに別人レベルでキャラ出てたりとか・・・
こういった現実とSNS、或いは異種SNS間とのキャラクター性のギャップ
私は、どうもこれに不安というか、戸惑いを隠せないんですよね・・・
どんな形にしろ使い手の本質的な部分を表出するツールな訳ですけれども
そのツール毎に現実の自分とはまた違った人物像の自分というものが確立されており
そのキャラクターがその環境の中で独り歩きしている
ただのイメージが自分の一部分という仮面をかぶることで、もう一人の自分の人物像という概念にまで昇華する
こうなると、本当の人物像の自分って結局どこに、誰にあるんだろうか?ってことを考えてしまうんですよね
まあ、ネットに溢れた今の時代、誰も彼もが本音で話し合えるわけではなくなったからこそ自分の本音をさらけ出すためのツールとしてSNSが使われているというのであれば、それはそれで然りなのかと言う気もしますが・・・
本音で腹を割って話し合えなくなるって、すごくそれはそれで怖いことじゃありませんかね?
まあかく言う私も本音で腹を割って話し合える間柄の人なんてほんの僅かですけれども・・・
皆さんは如何でしょうか?
私のような若輩者がこんなことを言うのも少しアレな気がしますが、そういった本音で話し合える方は是非とも大事にしてあげてください。こういった時代だからこそ人同士の直な濃いコミュニケーションってすごく大事になってくると思うんですよ
今あるシステムは今後どんどん改良を重ねてさらに利便性を増して世間に普及していくことでしょうから、未来のコミュニケーションのシステムは、我々が想像もしていない領域へと到達しているかもしれませんね・・・
それが我々にとって幸か不幸か・・・
なんだかすごいぶっとんだこと言ってますね私
論文書けそうなレベル・・・
まあ、ネタとしては誰も心の底で考えてそうことでしょうけれど
それでもこうやって自分にとってどうでもいいことを真剣に考えて自分なりに書けるのって僕としてはブログという媒体でしか成し得ないことですから
これからも自分の気になってること、どーでもいいことに関してできるだけ軽くふんわりと話せたらなと思ってます
それでは、本日はここまで
皆さんまた。good bye🌙