"今を生きる 。過去にとらわれない 。未来に翻弄されない。"
"一生懸命にやっていると自然と課題が見えてきます 。課題ができると 、不思議なことに 、それを達成するためのアイデアが生まれてきます 。"
"一生懸命に今を生きていれば 、時代が味方してくれる"
"やらなかった失敗はあっても 、一生懸命にやった失敗はない"
数々の言葉を突きつけられて、我に振り帰ってみてしまう。自分は一生懸命に今を生きているだろうか。過去にとらわれてないだろうか。未来に翻弄されてないだろうか。
一生懸命ってなんだろう?
考えているうち、自分が一生懸命と思ってたものは、高田さんが言うものと、全然違うもののように思えて来たんです。
そこまで、一生懸命じゃないんじゃないかと。これってネガティヴな思いじゃないんです。なんだか逆にワクワクして来たんです。
つまり、自分はまだ、一生懸命になってないんだ。と言うことは、一生懸命になる伸び代があるんだと。(自分で言うのも変ですが、なんてポジティブな解釈なんだろう)
高田さんはこの本で、目の前のことに一心不乱になる素質を持っているってご自身でも認めてるんです。いわば、一生懸命の天才。
かたや、私は一生懸命の凡人。そうなんです。凡人なんだと気付きました。だったら、どうするか。
一生懸命を意識すること。
何をするにもわざと一生懸命さを意識していく。毎日の腹筋のように習慣にしていくことだと思いました。それが、回数、月日を重ねるうちに、やらないと気持ち悪くなる。歯を磨かないと気持ち悪くなるように、一生懸命やらないと気持ち悪くなるまで。
高田さんは本の終盤でこんなことを言っています。
"世阿弥は 「時分の花 」 「真の花 」ということも言っています 。 「時分 」というのは 、好機とか適当な時期のことです 。ですから 、 「時分の花 」は好機に咲いた一時的でやがては散ってしまう花のことを言います 。一方 、 「真の花 」は 、生まれ持った才能に加え 、努力の積み重ねによって高められた能力のことです 。真の花は萎れることなく咲かせ続けることができます 。"
今を一生懸命に生きることを「真の花」にしたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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