熱海ふふに行ってきた。
お気に入りの旅館に「ふふ」という温泉旅館がある。
(回し者ではありません。)
女性目線で、痒いところにも手が届く感じです。
お部屋は全てスイートで、お部屋を楽しむ滞在型。
全室露天風呂付き、テラスにはハンモックやブランコ等の遊具もある。
お部屋に案内されるとセンスの良いCDと、
心地よいディフューザーの香り。
基礎化粧品はSisley、シャンプー・コンディショナーはTHANN。
追加のアメニティリストには資生堂、ロクシタン、ミラ・ショーンまで
数種類揃っていて、好きなブランドのものを持ってきてくれる。
その他にもCD、DVD、Wii、PC、望遠鏡、YOGAマットまで
貸し出してくれる。
お部屋にはエスプレッソマシンもあって、
ミニバーはチャージフリー(ビールもある)。
大浴場のミニバーには、ポカリスウェットやコーヒー牛乳。
こちらももちろんチャージフリー。
宿泊料金に含まれているといえばそれまでなのだけど、
ポイントを集めるのが好きな女性心理的には、
こういうサービスはお得感があって、すごくうれしくなる。
スタッフさんの対応もとても気持ちよく、適度な距離感があって、
まさに現代の価値観を反映したホテルと旅館の融合な気がする。
老舗旅館だと、旅館に着くと女将さんが挨拶をしてくれて、
仲居さんがお部屋で手取り足取り食事の準備をしてくれて、
お布団を敷いてくれる。
こういう至れり尽くせりの「おもてなし」は、
女性が家事を負担するのが当たり前の家庭にとっては、
女性を家事から解放させて、非日常を与えてくれる、
(目の前で別の女性が食事準備やベッドメイクをしてくれる)
旦那様から奥様への、とても良いプレゼントだったかもしれない。
でも、今は、 女性が旅費を負担するのも、
男性が家事に参加することも珍しくない。
そんな女性たちやカップルが求めるのは、旧来の「おもてなし」に加え、
欧米ホテルの価値観に基づく「プライベート」な空間の気がする。
ふふは、お部屋の入り口にボックスがあって、
お願いした貸出品などは全てボックスに入れておいてくれる。
ロビーもこじんまりとしていて仕切りがあるので、
館内で他のお客さんに会うことも少ない。
老舗旅館は老舗の良さがあると思うけれど、
堅苦しいと思う人も少なくない。
時代の価値観に合わせて変化していく必要があるんだと思った。
(回し者ではありません。)
女性目線で、痒いところにも手が届く感じです。
お部屋は全てスイートで、お部屋を楽しむ滞在型。
全室露天風呂付き、テラスにはハンモックやブランコ等の遊具もある。
お部屋に案内されるとセンスの良いCDと、
心地よいディフューザーの香り。
基礎化粧品はSisley、シャンプー・コンディショナーはTHANN。
追加のアメニティリストには資生堂、ロクシタン、ミラ・ショーンまで
数種類揃っていて、好きなブランドのものを持ってきてくれる。
その他にもCD、DVD、Wii、PC、望遠鏡、YOGAマットまで
貸し出してくれる。
お部屋にはエスプレッソマシンもあって、
ミニバーはチャージフリー(ビールもある)。
大浴場のミニバーには、ポカリスウェットやコーヒー牛乳。
こちらももちろんチャージフリー。
宿泊料金に含まれているといえばそれまでなのだけど、
ポイントを集めるのが好きな女性心理的には、
こういうサービスはお得感があって、すごくうれしくなる。
スタッフさんの対応もとても気持ちよく、適度な距離感があって、
まさに現代の価値観を反映したホテルと旅館の融合な気がする。
老舗旅館だと、旅館に着くと女将さんが挨拶をしてくれて、
仲居さんがお部屋で手取り足取り食事の準備をしてくれて、
お布団を敷いてくれる。
こういう至れり尽くせりの「おもてなし」は、
女性が家事を負担するのが当たり前の家庭にとっては、
女性を家事から解放させて、非日常を与えてくれる、
(目の前で別の女性が食事準備やベッドメイクをしてくれる)
旦那様から奥様への、とても良いプレゼントだったかもしれない。
でも、今は、 女性が旅費を負担するのも、
男性が家事に参加することも珍しくない。
そんな女性たちやカップルが求めるのは、旧来の「おもてなし」に加え、
欧米ホテルの価値観に基づく「プライベート」な空間の気がする。
ふふは、お部屋の入り口にボックスがあって、
お願いした貸出品などは全てボックスに入れておいてくれる。
ロビーもこじんまりとしていて仕切りがあるので、
館内で他のお客さんに会うことも少ない。
老舗旅館は老舗の良さがあると思うけれど、
堅苦しいと思う人も少なくない。
時代の価値観に合わせて変化していく必要があるんだと思った。
大切な人を失う
12月は何度も実家と東京のおうちを往復した。
優しくて明るくて大好きなおじいちゃんのお見舞い。
10月にご飯が食べられなくなって、病院大嫌いなおじいちゃんが
病院へ行った。
検査結果は、末期の胃がんだった。
そのことを叔父さんから聞いた日は、本当に涙が止まらなかった。
幸いバングラから帰国した後は定職に就いていなかったので、
ちょっとした仕事やボランティア等東京での予定をなるべくまとめて、
月に2回ぐらいは実家に帰るようにしていた。
10月上旬に受けた緩和手術は無事成功して、11月には退院できた。
退院する前には体も不自由なく動かせるようになって、
驚くぐらい元気になっていた。
誤診じゃないかと疑うぐらいだった。
病院の先生とも話して、結局おじいちゃんには告知せず。
告知するかどうかも、本当に考えさせられた。
退院する直前にお見舞いに行ったとき、
「いっときはもうあかんと思った。みんなのおかげや。ありがとう。」と
言って、ぎゅっと手を握ってくれたのがとても印象に残っている。
病院って、「病は気から」じゃないけれど、
いるだけで病気になりそうなネガティブな「気」があって、
そういう時に家族の愛を感じることはとても大切だと改めて感じた。
もちろんそれはおじいちゃんがこれまで与えてくれた深い愛情があって、
私たちはそれを返しているだけなのだけど。
体力と同じぐらいか、それより大切な精神力、
その大きな源は愛だと改めて思った。
人は愛を感じることで誰かのために努力したり、
歯を食いしばることができる。
時に反骨心やネガティブな感情も努力の源泉になるけれど、
やっぱり根本的なのは愛や人と人との心のつながりだと思う。
11月には退院してご飯も少しずつ食べられるようになったけれど、
1週間程であまり食べられなくなって、元気もなくなって、
しばらくは病院へ点滴に通っていた。
入院は絶対イヤと言っていたのだけど、結局12月に再入院。
再入院と聞いて慌ててお見舞いに行ったときは、
大分痩せててもう話をするのもしんどそうだった。
その姿を見て、おじいちゃんの前では絶対泣かないと思ってたのに
思わず涙があふれてしまった。
その後は、日によって少し話せたり話せなかったり、
目を開けてくれたりほとんど閉じたままだったり。
でも、意識はしっかりしていて、話をするとうなづいてくれて、
お見舞いから帰るときはいつも手を振ってくれた。
結局、クリスマスとお正月を迎えることもなく、
再入院の一週間後、本当に安らかに亡くなった。
点滴以外はチューブも何もつけていなくって、医療関係者曰く、
(同じ病気の患者さんで)こんな綺麗な姿の人は見たことない、
とのこと。
末期癌ではあるけれど、癌の痛みが全くないのは本当に幸いだった。
ご飯が食べれなくて点滴も限られた量しか射てないから、
力が入らず、老衰している状態だったみたい。
再入院してから、私に何ができるのか考えていた。
もうきっとおじいちゃんは生きて家に帰れることはない。
もうきっと元気な状態に戻れることはない。
後は死を待つのみ。
どう最期を迎えるか。
とても悲しいけれど、悲しむことは、おじいちゃんが亡くなってから、
残された人達でできること。
だから、おじいちゃんが生きているうちに、病院という、
退屈な、無機質な空気の中で、
少しでも心地よい空間を作ってあげたいと思った。
おじいちゃんの希望通り、無理言って個室に変えてもらった。
目があまり開けられないから、
本や写真・絵を見せることは出来なかったけれど、
楽しいお話をするように心掛けたり、アロマオイルを炊いたり、
クリスマスのお花をアレンジして、病室に置いたりした。
そして、何より命のバトンを繋いでいる、おじいちゃんのひ孫である
6歳の姪っ子を東京から連れ出した。
おじいちゃんにとっては、きっと自分の命を確認できる存在だったのだと思う。
再入院の次の日、朦朧としながら「○○は?」と姪っ子の名前を呼んだとき
「東京にいるよ。」と返事をしたけれど、
直感で絶対に連れてこなければと思った。
だから姉に無理を言って、東京から連れてきてもらった。
(もちろんそれまでも何回かお見舞いには行っていたけれど)
おじいちゃんは姪っ子が作った折り紙を大切に持っていた。
亡くなる前日にも姪っ子に会えて、
その日はとても良い笑顔をしていたとのこと。
亡くなった日は東京にいて残念ながら看取ることができなかったけれど、
本当に安らかな顔だった、と聞いて、悲しいけれど、安心もした。
もう元気になる見込みもなく、
おいしいご飯も食べることができず、
自由に話すことも動くこともできない中、
毎日親族がお見舞いに来てくれている。
もちろん私たちは一日でも長く生きていてほしいと思うけれど、
本人が天寿を全うして、安らかに逝ってくれることが一番大切。
そういう意味では、
医療機器にもつながれず、
癌の痛みも発症せず、
家族に看取られる中、
死をやり遂げたおじいちゃんの最期は幸せだったと信じたい。
大切な人を失うのは本当に悲しい。
悲しみや寂しさはある程度癒えるのかもしれないけれど、
消えることはない。
そんな時やっぱり大切なのは、支えてくれる人の存在。
家族や兄弟、そしてパートナーの大切さ。
これまでは結婚や出産といったHappyな出来事が多かったけれど、
年を重ねるごとに介護や病気、死といった悲しい出来事が
増えていくのは避けられない。
そんな時、ただそばにいてくれる人がいることは、とても大切。
生きていく上で一番大切な愛情という人を想う感情。
おじいちゃん、温かさ・優しさ・そして深い愛情を注いでくれて、
本当に本当にありがとう。
優しくて明るくて大好きなおじいちゃんのお見舞い。
10月にご飯が食べられなくなって、病院大嫌いなおじいちゃんが
病院へ行った。
検査結果は、末期の胃がんだった。
そのことを叔父さんから聞いた日は、本当に涙が止まらなかった。
幸いバングラから帰国した後は定職に就いていなかったので、
ちょっとした仕事やボランティア等東京での予定をなるべくまとめて、
月に2回ぐらいは実家に帰るようにしていた。
10月上旬に受けた緩和手術は無事成功して、11月には退院できた。
退院する前には体も不自由なく動かせるようになって、
驚くぐらい元気になっていた。
誤診じゃないかと疑うぐらいだった。
病院の先生とも話して、結局おじいちゃんには告知せず。
告知するかどうかも、本当に考えさせられた。
退院する直前にお見舞いに行ったとき、
「いっときはもうあかんと思った。みんなのおかげや。ありがとう。」と
言って、ぎゅっと手を握ってくれたのがとても印象に残っている。
病院って、「病は気から」じゃないけれど、
いるだけで病気になりそうなネガティブな「気」があって、
そういう時に家族の愛を感じることはとても大切だと改めて感じた。
もちろんそれはおじいちゃんがこれまで与えてくれた深い愛情があって、
私たちはそれを返しているだけなのだけど。
体力と同じぐらいか、それより大切な精神力、
その大きな源は愛だと改めて思った。
人は愛を感じることで誰かのために努力したり、
歯を食いしばることができる。
時に反骨心やネガティブな感情も努力の源泉になるけれど、
やっぱり根本的なのは愛や人と人との心のつながりだと思う。
11月には退院してご飯も少しずつ食べられるようになったけれど、
1週間程であまり食べられなくなって、元気もなくなって、
しばらくは病院へ点滴に通っていた。
入院は絶対イヤと言っていたのだけど、結局12月に再入院。
再入院と聞いて慌ててお見舞いに行ったときは、
大分痩せててもう話をするのもしんどそうだった。
その姿を見て、おじいちゃんの前では絶対泣かないと思ってたのに
思わず涙があふれてしまった。
その後は、日によって少し話せたり話せなかったり、
目を開けてくれたりほとんど閉じたままだったり。
でも、意識はしっかりしていて、話をするとうなづいてくれて、
お見舞いから帰るときはいつも手を振ってくれた。
結局、クリスマスとお正月を迎えることもなく、
再入院の一週間後、本当に安らかに亡くなった。
点滴以外はチューブも何もつけていなくって、医療関係者曰く、
(同じ病気の患者さんで)こんな綺麗な姿の人は見たことない、
とのこと。
末期癌ではあるけれど、癌の痛みが全くないのは本当に幸いだった。
ご飯が食べれなくて点滴も限られた量しか射てないから、
力が入らず、老衰している状態だったみたい。
再入院してから、私に何ができるのか考えていた。
もうきっとおじいちゃんは生きて家に帰れることはない。
もうきっと元気な状態に戻れることはない。
後は死を待つのみ。
どう最期を迎えるか。
とても悲しいけれど、悲しむことは、おじいちゃんが亡くなってから、
残された人達でできること。
だから、おじいちゃんが生きているうちに、病院という、
退屈な、無機質な空気の中で、
少しでも心地よい空間を作ってあげたいと思った。
おじいちゃんの希望通り、無理言って個室に変えてもらった。
目があまり開けられないから、
本や写真・絵を見せることは出来なかったけれど、
楽しいお話をするように心掛けたり、アロマオイルを炊いたり、
クリスマスのお花をアレンジして、病室に置いたりした。
そして、何より命のバトンを繋いでいる、おじいちゃんのひ孫である
6歳の姪っ子を東京から連れ出した。
おじいちゃんにとっては、きっと自分の命を確認できる存在だったのだと思う。
再入院の次の日、朦朧としながら「○○は?」と姪っ子の名前を呼んだとき
「東京にいるよ。」と返事をしたけれど、
直感で絶対に連れてこなければと思った。
だから姉に無理を言って、東京から連れてきてもらった。
(もちろんそれまでも何回かお見舞いには行っていたけれど)
おじいちゃんは姪っ子が作った折り紙を大切に持っていた。
亡くなる前日にも姪っ子に会えて、
その日はとても良い笑顔をしていたとのこと。
亡くなった日は東京にいて残念ながら看取ることができなかったけれど、
本当に安らかな顔だった、と聞いて、悲しいけれど、安心もした。
もう元気になる見込みもなく、
おいしいご飯も食べることができず、
自由に話すことも動くこともできない中、
毎日親族がお見舞いに来てくれている。
もちろん私たちは一日でも長く生きていてほしいと思うけれど、
本人が天寿を全うして、安らかに逝ってくれることが一番大切。
そういう意味では、
医療機器にもつながれず、
癌の痛みも発症せず、
家族に看取られる中、
死をやり遂げたおじいちゃんの最期は幸せだったと信じたい。
大切な人を失うのは本当に悲しい。
悲しみや寂しさはある程度癒えるのかもしれないけれど、
消えることはない。
そんな時やっぱり大切なのは、支えてくれる人の存在。
家族や兄弟、そしてパートナーの大切さ。
これまでは結婚や出産といったHappyな出来事が多かったけれど、
年を重ねるごとに介護や病気、死といった悲しい出来事が
増えていくのは避けられない。
そんな時、ただそばにいてくれる人がいることは、とても大切。
生きていく上で一番大切な愛情という人を想う感情。
おじいちゃん、温かさ・優しさ・そして深い愛情を注いでくれて、
本当に本当にありがとう。
あっというまに大晦日
大晦日にして、思い出したようにNew Years Resolution.
今年は年末に思いの外バタバタしてしまって、
まだちゃんとした抱負としてまとまっていないし色々書きたいことも
あるのだけど、とりあえず来年の抱負のたたき台として。。。
来年は20代最後の年。良い30代を迎える準備を出来ればと思う。
今考えてるのはざっくり次の通り。
1:知的素養を深める&広げる:
歴史とか哲学とか一見役に立たなさそうだけど、
先人の知恵が詰った不変の価値にもっと触れていこうと思う。
2:上質のもの、一流のものに触れる贅沢な時間をもつ:
アート・音楽・食事・人など、一流のものに触れたいと思う。
お花も本格的に再開する。大切な時間を味わう。
3:健康&美容にもっと気を遣う:
30代にはいって体力が衰え始める前に体力をつけておくため
たくさん運動するのと朝型の生活にシフト。
ヨガ、ゴルフ、しわ・しみ対策もちゃんとするのと、
食事(自炊もする。)、十分な睡眠、笑顔に気をつける。
4:自分の軸+志を持ち続ける:
ユニークな自分の想いや志を明確にする。
世間体や周りの目よりも自分の意志を尊重する。
5:自分プレゼン力をあげる:
人に対して自分を「魅せる」プレゼンができるようにする。
日本語・英語でモノを書く時間も増やす。
6:利己心から利他の心へ:
利己心は、自分中心で人を利用する考え方なので長期的にうまくいかない
利他が巡り巡って自分の徳や利につながる。
7:360度人脈を構築する:
特に自分と異なる分野の人と積極的にネットワーキング。
金融以外にも自分の世界を広げて、新しいコトにたくさん触れる。
人に興味を示す(共通の話題、喜ぶ話題、素朴な疑問)
そのためにも一流の人と対等に話せるだけの実力をつける。
8:時間を上手に使う:
たくさん書いたけど、これらを時間を上手に使ってこなしたいと思う。
平日は一日4コマ(朝、通勤/移動時間、昼、夜)、
土日は一日3コマ(朝、昼、夜)に分けて、堅苦しくない程度に
スケジューリング。
この積み重ねが、雑談力や、肩書きではない素の自分勝負力につながって、
たくさんの経験を通してポジティブエネルギーを強めて、
将来のキャリア(パラレルキャリアも視野に入れて)や
自分のユニークな強み(金融+@)につながっていくのだと思う。
あぁぁ、また改めて今年の反省もしなくては><;
反省点がたくさん有りそうだ。
折角こっそり作ったブログなのでもっと思いを綴っていこうと思います。
良いお年を☆
今年は年末に思いの外バタバタしてしまって、
まだちゃんとした抱負としてまとまっていないし色々書きたいことも
あるのだけど、とりあえず来年の抱負のたたき台として。。。
来年は20代最後の年。良い30代を迎える準備を出来ればと思う。
今考えてるのはざっくり次の通り。
1:知的素養を深める&広げる:
歴史とか哲学とか一見役に立たなさそうだけど、
先人の知恵が詰った不変の価値にもっと触れていこうと思う。
2:上質のもの、一流のものに触れる贅沢な時間をもつ:
アート・音楽・食事・人など、一流のものに触れたいと思う。
お花も本格的に再開する。大切な時間を味わう。
3:健康&美容にもっと気を遣う:
30代にはいって体力が衰え始める前に体力をつけておくため
たくさん運動するのと朝型の生活にシフト。
ヨガ、ゴルフ、しわ・しみ対策もちゃんとするのと、
食事(自炊もする。)、十分な睡眠、笑顔に気をつける。
4:自分の軸+志を持ち続ける:
ユニークな自分の想いや志を明確にする。
世間体や周りの目よりも自分の意志を尊重する。
5:自分プレゼン力をあげる:
人に対して自分を「魅せる」プレゼンができるようにする。
日本語・英語でモノを書く時間も増やす。
6:利己心から利他の心へ:
利己心は、自分中心で人を利用する考え方なので長期的にうまくいかない
利他が巡り巡って自分の徳や利につながる。
7:360度人脈を構築する:
特に自分と異なる分野の人と積極的にネットワーキング。
金融以外にも自分の世界を広げて、新しいコトにたくさん触れる。
人に興味を示す(共通の話題、喜ぶ話題、素朴な疑問)
そのためにも一流の人と対等に話せるだけの実力をつける。
8:時間を上手に使う:
たくさん書いたけど、これらを時間を上手に使ってこなしたいと思う。
平日は一日4コマ(朝、通勤/移動時間、昼、夜)、
土日は一日3コマ(朝、昼、夜)に分けて、堅苦しくない程度に
スケジューリング。
この積み重ねが、雑談力や、肩書きではない素の自分勝負力につながって、
たくさんの経験を通してポジティブエネルギーを強めて、
将来のキャリア(パラレルキャリアも視野に入れて)や
自分のユニークな強み(金融+@)につながっていくのだと思う。
あぁぁ、また改めて今年の反省もしなくては><;
反省点がたくさん有りそうだ。
折角こっそり作ったブログなのでもっと思いを綴っていこうと思います。
良いお年を☆
