今日は、前田家と高野山のつながり
そして、私が好きな空海(弘法大師)の生涯についてのセミナー
ワクワクしなががら会場の能楽堂へ

司会は丸一都美さん

残念ながら撮影禁止なので、私が撮った写真はここまで
13時からは、宝生流能楽師の藪俊彦さん
高野物狂の説明と能を舞ってくれた
こうやって、物語を演じることによって、その土地にまつわる魅力を広めていると
いわば、旅行会社の広告塔になっていると話された
能の静かで荘厳の素晴らしい演技はわかったが
演技から伝わるストーリーはまだわからなかった
13時30分からは、創作日本舞踊孝藤流
家元孝藤まりこさんと総師範孝藤左近さんによる
空海の母への想いを伝える女人高野
この舞踊の内容はよく分かり素晴らしかった
空海は、高野山にこもり、厳しい修行
その息子を思う母が心配して山へ行こうとするが
高野山は、女人禁制で山に入ることができないため
山のふもとの宿に母を住まわせ、週に何度か会いに行くストーリー
本当に素晴らしい舞踊だった
14時10分からは、ブラタモリの番組でも解説員をつとめた木下浩良さん
空海(弘法大師)の生涯と高野山の歴史
すごくわかりやすく、私の求めていた内容だった
好きな分野なので、内容が理解できて頭に入れることができた
全部書いてしまうと膨大な長文になるので、要約して短くまとめてみようと思う
空海は、幼い頃から頭が良く、当時日本に一つしかなかった大学に進む、大学を卒業すれば、エリートの道が開かれるが!すぐに大学をやめてしまう
それから、まもなくして遣唐船1船に乗り込む
2船は最澄が乗り込む
3船4船の船は海の中に沈む
最澄は、わずかな日数で仏教を学んで日本に帰国が
空海は20年滞在するつもりで唐へ
最初は、船がたどり着いても遣唐船とは信じてもらえながったが空海の美しい字で遣唐船と認められ、唐に入ることができた
空海は、まずは仏教の真髄を学ぼうと中国語ではなく、サンスクリット語(インド語)を習って、インド仏教を3ヶ月でマスター
それから密教の第一人者恵果に弟子入り
驚異の上達力に1000人の弟子を抜いて、恵果の密教をすべて空海に託して恵果は亡くなる
わずか2年で、その時偶然にも遣唐船が上陸
それに乗って日本に帰り、高野山で真言宗を開く
仏教一本ではなく、日本の古来から信仰している神も大切にされていて、現在でも神仏習合を継承している
それと真言宗を開いたけれど、他の宗派とも受け入れている
天台宗を開いた2船に乗り込んだ最澄も空海の弟子になる
まるで、マザーテレサが宗派にこだわらず受け入れていたことを思い出す
56億7000万年に弥勒菩薩が現れると説いた
その時、空海は弥勒菩薩と人間の橋渡しをする通訳に一緒に降りてくると
その時、一緒に弥勒菩薩をお迎えできるようにと高野山に石碑を建てましょうと説いた
あとからも説明するが戦国武将も高野山に石碑を建てている
15時15分からは、高野山と加賀藩前田家との深いつながり
前田家は、家族ぐるみで付き合っていた豊臣秀吉の影響が強く
発端は、秀吉の母が真言宗を信仰していたもあり秀吉も高野山を大切にした
戦国武将を連れて高野山に何度も参拝
先程にも述べたようにみんなごぞって弥勒菩薩をお迎えする為に石碑を
前田家一族も石碑を
利家、まつ、息子娘
石碑には、逆修と書いてある
逆修とは、生前葬
そう生きている間に先に葬式を済ませ、髪の毛を供えて石碑を建てていた
特にまつは信仰が厚かったようだ
隠れキリシタンの永姫も石碑を建てている
表には出ていないが空海もキリスト教も学んできてるのではないかと研究結果も!恵果の寺の横に教会があったことがらも推測されている
空海は、あらゆる神仏のことを学ばれていたようだ
だからこそ、神道や他宗はを受け入れ
神の教えは、元をたどれば皆同じだということを伝え、貫いてきた方なんではないだろうか?
私も幼い頃からそう思いながら信仰している
宗教戦争なんて、本当に馬鹿げている
神への冒涜
神を利用して人を言うことをきかせようする強欲に過ぎない
そういう意味でも空海は素晴らしい真の宗教家だと思う
本当に素晴らしいセミナーでした
この素晴らしい内容を沢山の方に読まれますようにという願いを込めてペンを置きます