タイトル通り。
私は考えることが好き。
というか考えていることが日常。
何に対しても想いを巡らせたり、考えたり。
空を見て、家を見て、道路を見て、草を見て、車を見て、人を見て、たまに自分を見て。
いろんなものに触れたら、必ず私の中で何かの感情が現れる。
それが何かを考えたり、なんでそんな感情が出てきたのか考えたり。
とにかく仕事以外のことは考えることばっか。
仕事以外のことは。笑
彼は考えることをあまりしない。
考える必要性を見い出してなく、だからこそ考えない。
考えることがめんどくさかったり、考えても何も変わらなかったり。
考える前に『だからなに?』って思うらしい。
なにかものを見て、なにか感じたことがあまりないらしい。
テレビ見て面白いやら、つまんないやら、ゲームしておもろいやら、そんなんはあるけど、空を見たところで、走ってる車を眺めたところで、生き物をみたところでなにも思わへんらしい。
私と真逆。
だからこそ惹かれたんやろーけど、だからこそ対立もしてしまう。
そして分かり合うことができひん。
私は話し合って、相手のことをたくさん聞いて知って、『私』を主観的、客観的にみて、またいろいろ考えて、理解していく。
彼は自分のことをたくさん説明することが嫌い。
一言で終わらす。
そして相手は相手。自分は自分。
とりわけ相手のことを聞こうともしない。
特に知りたいことがないから。
でも自分が変わる必要もないから変わらない。
自分に悪いところがあるわけでもないから変わる必要がない。
相手の感情を目の当たりにしても、なんでそんな感情になってるか理解できひんし、理解しようともしない。
それは自分の気持ちやから分かることはないから。
疲れてきた。
深い話ばっかりする人は嫌いやけど、道徳的な話くらいはしたい。
職業柄、生と死についてとか話し合ったりしたい。
だからこそ2人の今後の話もしたい。
けどそれができひん。
私から話を振っても、リアクションが薄い。
ゲームしてる手を止めることはないし、テレビ見てたら、テレビの内容が気になるから生返事だけ。
いろんな話をしたい。
そして私という人間を認めて受け止めて欲しい。
だからそばにいてる。
自分の親は、私という人間を認めてくれて、受け止めてくれて、愛してくれている。
そんな心地よい環境をわざわざ出ていった。
それは彼は私のことを認めて受け止めてくれると信じたから。
少し心がぽっかり空いてる感じ。
だからそれを埋めようと、愛を与えてくれる人を欲してしまうんやろな。
私を受け入れてくれる人を求めてしまうんやろな。
なんかつかれたよ。
Can anyone see through my pretense of being strong and protect me ?















