私はMSになってから1年9ヶ月が過ぎました。
自分の記録ついでに、発症の経緯を書きたいと思います。
最初は、2014年、2月、疲労感でした。
朝起きても、疲れていました。
仕事をしても、寝ても疲れていました。
育児もあったのですが、仕事以外はソファで寝ていたり
とにかく、疲労感が強かったです。
3月になってから、目が見えづらくなってきました。
前の車のナンバーがまるで泥がかかったように
汚れて見えたりしていました。
でも、右目は正常だったため、気のせいだと思ってました。
疲労感は継続していました。
4月になり疲労感はますます強くなり
目もライトを見ると下半分が暗くなるようになりました。
5月。とうとう光が見えなくなりました。
あと、赤色がオレンジに見えたり
最後には色がわからなくなりました。
疲労感はピークに達し何をしてもしんどくて疲れていました。
左目が失明するのではないかと、本気で怖かったです。
5月の頭に眼科に受診、視神経炎だといわれました。
そして、一緒にMRI造影をとるようにいわれました。
ともに、パルス療法を入院して受けました。
視神経炎は75%はそのままで終わる、残りの25%が
多発性硬化症の可能性があるといわれました。
MRI造影の結果。私の脳には多発性硬化症しか移らない病巣が映っていました。
脳の部分に脱髄の跡。。。白い点が3~4つ。
先生いわく、焼け跡のようなものだといわれました。
でも、この段階では「多発性硬化症の疑い」といわれました。
私は、看護師です。聞いてすぐに難病だとわかりました。
受け入れることができませんでした。
すぐに、はいそうですか、なんていえない病気。
その場で号泣してしまいました。
でも、、それにしても。
明らかに、MRIで多発性硬化症しか映らない病変があるのに
「疑い」と言われたのはなぜ?
それは、多発性硬化症は再発をしないと確定診断されないといわれたのです。
ですので、私は疑いの状態のまま、すごすことになりました。
パルス療法は1クールで目も見えるようになり私はすぐに退院。
しかし、それからも倦怠感は消えませんでした。
6月。また、目の前が見えづらくなりました。
眼科を受診、再度視野狭窄が起こっていました。
1,0まで戻っていた視力も、0,2ぐらいまで落ちていました。
私は2度目の入院をすることになりました。
そのとき、私はひどい疲労感が強く、買い物に行っても
座り込んでしまったり、ダイソーなどに行っても
1周回ることが出来ませんでした。
そして、痛み。突然体に起こる麻痺。
まるで脱力したかのように動けなくなってしまう。
手が突然麻痺って動かなくなる。
私は、パルス療法を再度受けることになりました。
このときは3クール、パルス療法を受けました。
視神経髄膜炎のうたがいもあったため
背中から針を刺して髄液をとるルンバールという
痛い検査も2回受けました。
退院してから、感覚障害が出るようになりました。
まずは、痛み。まるで画鋲の上を歩いているかのような痛み。
それにナイフで刺されたかのような痛みが腕や足に突然くる。
疲労感も軽減したものの、続いていました。
あとは、暑い炎天下の中ですごしたり
長風呂などをすると倒れるようになってしまいました。
(これはウートフ、という症状なのだと後で知りました)
それに、しびれ。足や手を問わず、時間をとわずしびれが定期的に起こるようになりました。
3クールが終わった時点で、私は排尿障害もでるようになっていました。
MRI造影の病変、6月の再発、排尿障害の3つがそろい・・・
私は、確定診断を受けることとなりました。
つづく。