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Keiのブログ

某大学4年の日本人学生、2012.8~2013.6まで、ノルウェーに留学していました。いろいろつらつら書くことで、いい記録になればという完全な自己満ブログですが、どうぞご覧ください
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バスのなか

 夏の午後のある日、大学の図書館帰りの私はバスに乗った。
 乗車カードを取り出して、ピッとかざし、乗車券の機械のすぐ後ろの2人掛けの席に座る。車内はすでにほぼ満員状態だったので、詰めて窓側に座る。私のカバンの中には、図書館で読み終えられるかを全く考えずに借りた分厚い専門書が5冊入っている。私はそのカバンを抱きかかえるようにして座っていた。

「えー、次はあー、法律事務所前になりまあーす。お降りの方はあー、いらっしゃいませんかーあ。」

運転手のアナウンスが車内に響く。乗り物のアナウンスは個性があって面白いと思う。電車の車掌さんのアナウンスも同じだ。この違いを乗るたびに聞き分けるのは、私の密かな趣味でもある。

それにしても、夏のバスの中はちょっと寒い。クーラーの下の座席にいる時は特に。外の景色をぼんやりみながら、少し眠くなってくる。うとうとしていると、次のバス停に近づいてきた。誰かが降車ボタンを押す。

「はい、停まあーりーます。停車してから席をお立ちーくだあーさい。」

4人くらいのお客さんが乗ってきた。おばあさん3人とおじいさん1人。その中の、とりわけ背の低い、杖をついて少しつばのある黒い帽子をかぶったおばあさんが、私の隣に一礼して座った。持ち物は重たくなさそうだが、大きな手提げ袋が2つ。一つの袋にはご当地キャラクターのチーズサブレが入っているのが見える。かわいいような、不気味なような、なんとも言えない最近人気のそのマスコットが、手提げ袋の中からちらちら覗いている。しかし、ああ寒い。長袖の薄手の上着を持ってくるべきだった。

「次はあー、木立公園前になりまあーす。お降りの方はあー、いらっしゃいませんかーあ。」

 こつん、と隣のおばあさんの肩が私の腕に当たった。座っているおばあさんは、立っているときよりもさらに小さく見える。私が窓の外をまた眺めているうちに、腕への重みがどんどん増してきた。寝ているのか、と思ったが、黒の帽子のせいで顔はよく見えない。おばあさんは俯いているし、きっとうたた寝をしているのだろう。私は冷気を吹き出すクーラーを睨みながら、おばあさんを横目で見つめた。

そうやってしばらくの間、見知らぬおばあさんに私の肩(正確に言えば腕)を貸していた。私はとても不思議な気分になった。おばあさんの体のあたたかさが伝わってくる。人間のあたたかさだ。人口的なクーラーになんか負けないあたたかさだ。

自分が祖母の肩を借りて寝たことはあったが、自分が祖母に肩を貸して寝たことは一度もなかった気がする、とぼんやり考える。これは当たり前のことで、私が小学2年生のときに祖母はガンで亡くなった。おばあちゃんっ子だった私はいつも甘えていた。

だから、そのとき私は少し戸惑ったような、でも変に懐かしいような、奇妙な感覚に囚われたのだった。

「はい、停まあーりーます。木立公園前です。」

降りる客はいなかったが、乗車客がいたのでバスは停まったらしい。高校生が3人乗って来たが、ほぼ車内が満席の様子を察知して、立つことにしたようだ。

バスが停車したと同時に、おばあさんがふっと目を覚ました。私は知らぬ顔で外を眺めていた。おばあさんが体を起こしたので、おばあさんの頭がもたれていた私の腕に、すーっとエアコンの風が当たる。やっぱり寒い。

「発車しまあーす。次はあー、西町です。お降りの方はあー、いらっしゃいませんかーあ。」

 もう一回、もたれてくれないかな。ひんやりするなあ。

 と思っていると、発車して間もなく、またおばあさんの頭が私の腕に寄りかかってきた。私はその暖かさに感謝した。そして、なぜだか分からないけれど、どんどん優しい気持ちになった。大学生最後の夏に、たまたま図書館の帰りにバスに乗り、たまたま隣のおばあさんが私に寄りかかってうとうとしている。おばあさんが可愛らしく思えてきた。大げさだが、そのとき私は愛しささえ感じていたかもしれない。祖母もそのように思いながら、寝ている幼い私に肩を貸してくれていたのだろうか。

 私はおばあさんの方に肩を回して抱きしめたくなった。だがしかし、さすがにこれはまずいなと思ってやめた。私はただ、外を眺めてたまにおばあさんの手提げ袋の中から覗いているご当地キャラクターを眺めながら座っていた。

 おばあさんは結局、次のバス停にバスが止まった瞬間に、またふっと目を覚ました。他のお客さんが降りるのにつられて、慌てて立ち上がって行ってしまった。どうやら、私の腕を借りて寝ていたことには気づいてないらしい。発車するバスの窓から見えるおばあさんの姿はやはり小さかった。小さかったけど、大きかった。私の腕にはまだ少し、おばあさんのあたたかさが残っていた。