ブルトカンとういう
20歳の女の子がいました。(エチオピアでも
人気の名前があって、
たくさんおんなじ名前の子がいます。すみません。)
窓のすぐしたのベットでいつ見ても
ぐったりしていました。
体は本当にやせ細って、とても小さく、
頭髪は抜け落ちて、肌はすべて干からびた状態の
ようになっていて、目はうつろで。
つばを自分で飲み込むのも辛そうでした。
あんまりにひどい状態で。
こういう子の場合、
本人もだいたいの自分の
年齢わかっていますが、
かろうじて
話してくれる小さな声のトーンで、
この子がまだ若いんだって
ことが私もわかります。
とても小さなかわいい声で、
「チャラカーお砂糖たっぷりの
あったかいチャイが欲しいの。」
ってがんばって声を出して教えてくれる子でした。
常にひどい下痢と、嘔吐をしていて、
自分で立ち上がる力がなく、
カルテには、
HIVポジティブの可能性があるため、
血液検査を
させるようにと指示がかいてありました。
いつもぐじゃぐじゃに下痢をしていて
布かえて。って自分からは言わず、
私がくるのをずっと待ってくれていました。
私が、
「排泄したあと、すぐ呼んでくれれば
布すぐ変えるからね。 気にせずいつでも
呼んでね。」
っていつも伝えていたのですが、
「チャラカ たくさんお仕事あるもん。
私大丈夫だよ。」
って答えがいつも返ってきて
本当に優しい子で。
私だったらすぐ変えて欲しくて
我慢できずにいると思うのに・・。
ドクターを探して、
ブルトカンがまだ血液検査を
うけにいっていないことを伝えました。
ドクターが、
彼女はもうすごく弱っていて、
みんなで持ち上げて
手伝っても、
もう車いすに乗っているだけの
体力すらないんだよ。
どうしようもないよ。
っといいました。
こういう子を見るたびに、
神様はどうして。。
っていつも思ってしまいます。
この子がふとした拍子に
私のおへそにあいている
109のショップで店員を
していたときに
強制的に開けさせられた
ヘソピアスをみつけて
触るのが好きな子でした。
この子と同じ20歳の頃、
私は何をしていたかなって思いました。
東京の短大って響きにあこがれて入った
卒業さえできればいいやーって感じで
短大にいって、
また響きにあこがれて
渋谷の109の人気のあった
ショップに就職して、
週3回日サロ通いが社訓で、
いかに黒くなるか、
次の髪のエクステはどんなのに
するかとか彼氏のこととか、
遊びにいくこと
ばっかり考えていて
自分の日常のことだけで、
死と向き合ったり、
貧しい国の人たちのこと
真剣に考えることもそこまで
多くなくて。
どうして神様はここまで
違う人生を・・
って思ってしまいます。
この子が何をしたってゆうんだろう・・。
ブルトカンは、
いつも私がグラブなしで
ブルトカンに触ろうとすると
どんなに苦しんで
痛がっていても
「チャラカ、グラブ グラブ 」
って私への感染を
すごく気にかけてくれて。
トルナシもそうでした。
トルナシも
口のまわりの損傷もひどかったため
言葉を出すときに痛みがあったのに、
でもいつも 「チャラカ グラブして。
チャラカに移っちゃう。」 ってゆって。
グラブがなくなってしまって
遠くの病棟にあるときでも
私がグラブ持ってくるのまっていてくれていました。
他の患者さんも自分の損傷部分からでている
臭いを気にして、
「チャラカマスクして、私、臭くてごめんね。。」って。
そんなときいつも、
「臭くないよー。私の頭のが臭いんだよー
こんなに長いくせにしばらく洗ってないもん。」
って冗談ぽくいったりしてました。
ブルトカンは、たくさん痛みに耐えて
がんばっていましたが、数日後、
静かに息をひきとりました。
亡くなった後のことは、
やっぱりわかりませんが、
天国があったとしても、
来世があったとしても
いつもいつも思うことですが、
たくさんたくさん苦しんで、
悲しい思いもたくさんした分、
どうかこの子たちが
たくさん笑顔で幸せでありますようにって
思うばかりです。


























