かったるい、なんだこの気分は何もやる気が起きない。いつもなら真っ直ぐに机に向かって勉強をしている所だろう、その姿はまるで書道家が一画目を書き出す瞬間のごとき、棋士が王手への橋を架けるがごとき、美しく凛とした姿である。自分の勉強姿を見たことがないので、あくまで憶測だけど。
それなのに何故か打ち込めない。その原因は間違いなく、こいつによるものだ。
『潮未 千佳』と名乗る彼女は最近やたらと僕のテリトリーへと裸足と土足のダブル失礼で入り込んでくる最低な女だ。目的は僕に心理学を教えて欲しいとのことで、僕は頭の整理をするためにも彼女との特別授業を引き受けた。だが、彼女は口を開けば「ハラガヘッタ」「ツマラン」「イマナラルーズリーフモタベレル」と全く勉強に身が入っていない。 そんな彼女を前にしてか僕も全く身が入らない。
ましてや彼女は僕の前で『ジャンプ』を読んでいる。週刊であり、努力、友情、勝利なジャンプである。僕は基本的に自習室に漫画やゲーム機などを持ち込まない。自習室は自習以外にもミーティングや、友達とダベるために使うものたちもいる。心配はいらない、それでも個室の数はかなりある。僕がここに勉強をしようと思って使えなかったことはまだない。話を戻すとそれらの遊具があれば僕は間違いなく遊ぶ。集中する時はかなりのめり込むタイプなのだが、それは勉強に限らない。ゲームでも書道家だし、漫画でも棋士なのだ僕の場合。
千佳はおもむろにケータイをいじっては「ハァ」と、声なのかため息なのか分からないような声をだした。これは確実に話を聞いて欲しい構って欲しいという気持ちの表れな気もするが。僕は勉強したいのにも関わらず目の前でジャンプを広げるという苦行を強いる彼女の話を聞く気などさらさらない。と、躍起になって参考書と向き合うと「いや、聞けや」と言ってくる。どこぞのガキ大将だこいつは。
「なんだ馬鹿」
「馬鹿じゃねぇよ、千佳だよ」
「知ってて言っている、だいたいお前は…」
「でさ私の友達が」
「話聞けよ!」
千佳は僕の寂しい叫びを無視して話し始めた。
「加奈子って子が私の友達でいるんだけどね、その子に好きな人が出来たらしいの、その人とはもう何回かデートに行ってて、余裕で付き合えるじゃない?ってところまできてるのよ」
余裕で付き合えるってなんだ。
「だけど、何か一歩確信みたいのが持てないみたいで、向こうから告白してくる感じもないし、どうやったら会話だけで確信が持てるのかなぁって不安になっちゃってるんだよ」
「ほう、恋愛経験がほぼゼロに近い僕にそれを聞くか」
彼女いない歴=年齢の僕である。
「前に実験で付き合ってって言えた奴が何行ってんのよ」
「あれはあくまで実験だろう。まぁ、それなら話は簡単だ。相手の好意をより大きく、分かりやすく見せればいい」
「大きく、分かりやすく?どゆこと?」
「心理学の言葉で『好意の返報性』というものがある、これを使えば相手に自分の好意を伝えることができて、あわよくば告白してもらえるかもしれない。向こうも告白するのに一手足りないというところまできているかもしれないからな」
「好意の返報性ってどうやるのよ」
「例えばだな、会話している時にあるバンドが好きということを向こうから伝えられるとするだろ、その話を覚えておいて違うデートの時に『前にあのバンドが好きって言ってたよね?』と言えばいい」
「えっ?それだけで?何でそうなるのよ!」
「質問ばかりじゃなくて考えるんだ、もし自分が言ったことを向こうが覚えてくれていたらどうだ?」
「んー、まぁ、あー嬉しいかも。この人私の話覚えててくれたんだ、嬉しい!ってなる」
「何を照れてるんだ気持ちが悪い」
「あたしあなたと出会ってからまだ日短いよね?」
心の底から僕の暴言で引いた彼女が僕の目の前にいた、その目はさながらクズを見る目だ。
「でもそれじゃあ、もう一歩足りないと思うんだよなぁ」
「それなら、僕たちとか、私たち、みたいに相手との連帯感をアピールすることで実際に連帯感を強めることができる方法もあるぞ」
「おー!それもかなり嬉しい!一緒にとか、お互いにとか言われたら、これから2人でーって感じするもんね」
「抽象的だな、随分」
「日本語が下手って言いたいんでしょ」
さっそく千佳はケータイを開き友達の加奈子ちゃんにメールを打った。
「あー、ダメかもしれない」
「どうしたんだ?」
「加奈子が覚えてる話、パチンコと競馬好きっていう情報だけだって」
「本当にその子はその男が好きなのか?」
補足『好意の返報性』
「夢の中に〇〇がでてきたよ」
夢というのは心の底で眠る思いが現れる場所だということがよく言われている。
そのため、夢に出てきたとアピールし、なおかつその夢で「なんだか私たち2人は楽しそうに笑っていた」くらいに言っておけば向こうはビンビンに意識しだすことだろう。
「君って変な人だね」
一見こいつ何言ってんだ、道の溝に埋めるぞ。と思うかもしれないが、意外とこれは効く。それは「自分では気づけていない部分をこの人は理解してくれている」と特別扱いすることで意識してしまうステキ・ワードである。しかし、使い道は見極めなければ拳が飛んで来るかもしれないのでご注意を。
