父の七回忌も済み、故人が生前使っていた古いパソコンを整理することにした。
私が使わなくなったパソコンを、父は六十の手習いよろしく自力で習得し、
パソコン絵画教室にも一時期通っていた。
富士通の、15年も前のモデルで3KG以上ある重い当時のラップトップ型パソコン。
でも、電源を入れるとまだ普通に起動する。
「水彩」というソフトウェアを使って父のパソコン絵画は、灯台、富士山、草原、風景画もあれば、パンジー、薔薇などの花
を描いたものも。
デッサンのみ、少し色付けされたもの、完成品として地元の展覧会に出したもの、
文章を入れて絵葉書として人に送ったもの、などが色々と保存されていた。
そしてOutlookのメールボックス
を覗いてみると、父の作品がNTTコミュニケーションが
主催していた電彩アートのコンクールで佳作を取ったことをパソコン絵画教室の先生に
報告するメールが残っていた。もう10年以上前の話で、そう言われてみれば父が自慢
していたような気がするが、あまり覚えていない。
私が海外で働いていた時にも、父はたまに長いメールをくれた。それらの文章も残っていて、
とても懐かしい。こういう形でちゃんとメールとして残っていると、こちらの記憶も
蘇ってきて嬉しい。
(その2に続く・・・)
私が使わなくなったパソコンを、父は六十の手習いよろしく自力で習得し、
パソコン絵画教室にも一時期通っていた。
富士通の、15年も前のモデルで3KG以上ある重い当時のラップトップ型パソコン。
でも、電源を入れるとまだ普通に起動する。
「水彩」というソフトウェアを使って父のパソコン絵画は、灯台、富士山、草原、風景画もあれば、パンジー、薔薇などの花
を描いたものも。デッサンのみ、少し色付けされたもの、完成品として地元の展覧会に出したもの、
文章を入れて絵葉書として人に送ったもの、などが色々と保存されていた。
そしてOutlookのメールボックス
を覗いてみると、父の作品がNTTコミュニケーションが主催していた電彩アートのコンクールで佳作を取ったことをパソコン絵画教室の先生に
報告するメールが残っていた。もう10年以上前の話で、そう言われてみれば父が自慢
していたような気がするが、あまり覚えていない。
私が海外で働いていた時にも、父はたまに長いメールをくれた。それらの文章も残っていて、
とても懐かしい。こういう形でちゃんとメールとして残っていると、こちらの記憶も
蘇ってきて嬉しい。
(その2に続く・・・)