こんにちは。
大学院受験を控え、勉強と読書の日々を送っています、Macです。
最近、心境の変化というか、考え方の変化のようなものがあって、ここに書きたいと思いました。
まず、今までの考え方なんですけど、自分は目標をこれと決めたらそれに向かって絶え間ない努力を続けることが重要だと思っていました。
だから、私にとっては大学院受験の勉強のためにずっと努力することが大切、しなければならないと思っていたんです。
でも、最近になって願書の準備やら研究計画書の作成やらをやっていて、ふと、思ったんです。
やりたくないなあ……と
なんでやりたくないのにやってんだ?って話だけど、正直なところ私の中でどうにも「良い学校に入ること」という考えが抜けないようなんです。
それも私が過去に大学受験にきちんと挑めなかったという要素も大きいです。
だから、という訳じゃないけど大学院試験の準備を進める中で、私にとって「本当に大切なことは何だろう?」と思うことがあって。
私は高校一年の二学期まで全く勉強しておらず、40人中38位でした。
親からはこっぴどく怒られ、他の子と比較されました。
「○○君みたいに勉強ができる子が欲しい」
とまで言われました。
だから僕は高校一年の三学期から勉強しました。
学校から帰ってきて家にいる時は勉強しかしていませんでした。
すると、一年の三学期は、40人中26位でした。
模試では学年で70位になりました。英語は3位でした。
それを続けていると、高校二年の二学期あたりに精神的におかしくなりました。
元々おかしかったのかどうかは分かりませんが、とても授業を受けられる精神状態ではありませんでした。
それからはその精神的な病気と戦う毎日でした。
当時の状況を詳しくは書きませんが、症状としては視線恐怖症、過度な緊張、手の震え等がありました。
高校三年になって、学校を休みがちになり、出席と単位が足りなくなりそうだったので先生から学校にだけは来るように言われました。
それから保健室登校をするようになり、調子が良ければ授業に出るようにしていました。
もちろん、単位ギリギリの教科もいくつかあったので、それらの授業には無理してでも出席してました。
その時の個人目標がクラスのみんなは、「医学部合格!」とか「東大合格!」とか書いていたのに対し、私は「高校を卒業する」でした。
そしてなんとか高校を卒業して、私を待っていたのは「病態を回復させること」でした。
それから、病気を治すために約四ヶ月間入院までしました。
入院生活はきつかったです。苦しかったです。本当にもう二度としたくないです。
でも、そこで出会った人たちは凄く、凄くいい人ばかりで。
病気のことを分かってくれることはもちろんで、優しい人たちばかりでした。
はっきり言います。その人たちがいなかったら私の症状は回復していません。
優しくしてくれました。支えてくれました。一緒に笑ってくれました。一緒に悩んでくれました。
みんなそれぞれの病気を抱えていて問題が起きることもたくさんありましたけど、それらも忘れられるくらい楽しかったです。
今も、書いてるだけであの時の情景が思い浮かんで、泣いてしまいました。
話がそれましたね、涙を拭き終えたので戻します。
高校生活、入院生活から学んだことは、無理をしてはいけないということでした。
私は、自分は強い人間だとばかり思っていました。
人よりずっと強くて凄い人間なんだと思っていました。
でも、私はもう知っています。
自分が如何に弱いかを。
だから、大学院受験も親は勉強しろ勉強しろというけど、それが自分の「本当にしたいことなのか」ということです。
自分で希望して大学院受験をするのですが、だからこそ思うのです。
自分なりに頑張ってみて無理だったら諦めよう、と。
これだったら他の人から言われてやったことではないので諦めもつくだろうと思うのです。
私にとって大切なことは、「自分のやりたいことをやること」そして何よりも「元気でいること」だ
と思うのです。
多分、私の親も同じことを思っているでしょう。
だから、自分でやれるところまで、でも無理はしないように、頑張っていきたいと思ったのでした。
そう思うことで、今までのプレッシャーやモヤモヤする気持ちが凄く楽になりました。
僕はもう生まれ変わったのです。
新たなスタートをここから始めるのです。
もしかしたら失敗するかもしれない。
でも、自分で頑張って失敗したならしょうがない。
縁がなかったのでしょう。
そのときは新たな目標を設定するだけです。
気持ちの整理がついたところで、試験勉強やら願書の準備やらを再開します。
それでは、最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。