昨日のデニス・ショックは私にいろいろな事を考えさせ、いろいろな事を思いださせた。

 

以下の記事はちょっとスピリチュアル的なことを書くので苦手な方はスルーしてくださいね。

 

 

 

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私は仕事柄、地元新聞の‘’お悔やみ欄‘’をチェックするんだけど、10日ほど前だったかなぁ、ある名前に釘付けになった。

 

自分と同じ名字!同じ名前!漢字まで一緒!

 

心臓がドキンと跳ねた・・・

あぁ、年は私より少し上だ・・

住所は同じ市内だけど、もちろん私の住所じゃない(当たり前)

 

でも。。。

まるで時間を飛び越えて自分のお悔やみの知らせを見てるような不思議な感覚。

『これ、私じゃないよね?』

 

この年齢なら自然死ではないな。

病気か事故か。。

 

しばらく、その名前から目が離せず、いろんなことを考えてしまった。

 

私と同じ名前をもったこの人はどんな人生を送ったんだろう。

どんな最後を迎えたんだろう。

 

心臓の鼓動が止まったら自分の心も‘’無‘’になるの?

亡くなっても意識はしばらくこの世にとどまるのかな?

 

2年前に亡くなった母のことを思いだした。

 

母の葬儀が終わって暫くしてのこと。

納骨前なので、まだ仏間に祭壇があり遺骨もそこに安置していた。

初七日も過ぎ、片付けやら、お返しの準備やら忙しくしてたけど、さすがに疲れて祭壇の遺骨の前でボーッと座り込んでいたら、祭壇に飾られた沢山の花のうち、一輪だけ小さくふるえているのに気づいた。

 

いまでもハッキリ覚えてる。

 

風が吹いてる訳でもない、どこかの工事の振動でもない。

不自然に一輪だけ細かく震えている。

祭壇の右の方に飾られてた白くて小さな花が一輪だけがずーっと・・・

 

『お母さんだ!お母さんが‘そばに居るよ、ここに居るんだよ’って知らせてるんだ』

(お母さん!念、強ぇ~!!)←心の声

昼間ということもあり恐さはなく、時間が止まった空間で母と会話してるような不思議な体験だった。

 

台所にいる姉を呼びに行こうか?とも思ったけど、ここを離れたら花の震えが止まるような気がして・・・

結局一人でふるえる花を見てた。

 

いつになったら止まるかな?と思って待ってたけど、なかなか止まらないので私が根負けして『お母さん、もう私忙しいから行くね』っていってそこから離れたけど・・(ドライな娘でゴメン)

 

次に仏間に行ったときは、やっぱりもう震えてなかった。

 

誰も自分の残された時間なんてわからない。

一年後、自分は元気だという確証もない。

時々、たまらなく不安になるし死ぬことが恐いとも思う。

心臓が止まるまで生き続けなければならないことが苦痛に思える。

 

でも生きる。

愚直にでも生き続ければ、なにか分かるかも知れないから。

 

おかしな、とりとめのない文章を最後まで読んでくださってありがとうございます。