総合英語Forest 6th edition/桐原書店

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アメリカ人のご主人と三人のお子さんがいて、現在は日本の大学でも
英会話を教えている日本人の先生からオススメされました。

活きた英語を使っている方のオススメなので、”活きた”英文法という
見出しにも納得です。

富士山が世界遺産になって初めての山開きの日は富士山登山に
ついての報道も多く、10年ほど前に富士山登山をしたことを
思い出しました。

当時一緒に英語を学んでいた仲間が富士山登山の経験者だった
こともあり、富士山登山がどんなものか分からないままに皆で
富士山登山をしようという盛り上がり、実現しました!
(知らなかったから、登ろうと思えたと後で気づきましたが)
英語メンバーだけではなく、他の経験者や山登り好きも集まり
当日は大勢になりました。

登り出すと、スピードの違いもあり、3つのグループに自然と
わかれ、途中まで中間チームで登っていましたが、途中からは
たまに休みながら、景色も楽しんでいた仲間に加わりました。
花火を上から見下ろす初めての経験をしたり(下で見ていると
見上げているのに、富士山から見ると実際はかなり低い位置!)
山小屋に着いた頃はすっかり夜もふけていましたが、カレーを
食べて、ご来光に向けて出発する時間まで待ちました。
(山小屋では早目に登っていたたくさんの人が仮眠していて、
あちこちから人が湧き出てきました。)

仲間の一人(女性)が高山病の症状になって、山小屋からでも
ご来光は見えるというので、女子だけ残ろうかと思いましたが
上に登った方が高山病が楽になるかもという山小屋のスタッフ
からのアドバイスもあり、登ってみることにして全員で頂上を
目指しました。

夜中なので、登山者のつけるヘッドライトが上と下につながり
上には先導する人たちが、下にもついてきてくれてる仲間達が
いるような連帯感で頂上を目指す時がなぜか楽に感じました。
人生観も教えてもらった気がします。

頂上でみんなで見たご来光は忘れられないほどの感動的瞬間で
高山病気味だった仲間も回復したので、諦めなくてよかったと
感じたようです。降りる時は体力のあるメンバー達が初心者の
荷物を持ってくれたり、仲間達がいたからこそ実現した貴重な
体験でした。

富士山登山から教えてもらったことは今でもよく覚えています。

昨年は5月に浜松で茶道を習っていた時の茶道仲間さんが
6月には大学時代に発足したクラブを支えてくれた後輩を
見送りました。

前者の茶道仲間さんは60代前半で突然のお別れでした。
倒れる前の何日か前にはいつも通り茶道のお稽古にも参加
されていて、お元気そうだったそうです。
10年前に東京に遊びに来ている時に倒れた時は後遺症も
ないほどの回復ぶりでお元気そうでしたが、冗談っぽく
「頭が悪いのよ」と話してましたが、そこまでとは思わず
驚きました。
幼い頃にはよく遊んでいたというキリスト教の共同墓地に
今は関東にいる仲間と浜松まで行き、茶道の先生や先輩に
声をかけてお墓参りをしてご主人様とも会食をしました。
歌舞伎座の建替前に東京にも茶道仲間と遊びに来てくれて
築地ツアーをしたことや、私が浜松に行った時にみんなで
ホテルに泊まって過ごせたことも貴重な時間でした。

後者の後輩は、周りにはほどんど言わずに闘病生活を送り
40歳のお誕生日直前に、まだ幼稚園児だった愛娘を遺し
旅立ちました。
覚悟をきめたのか、色々と準備がしてあったそうです。
自分がいなくなって困らないようにとご主人への引継書と
愛娘が二十歳になるまでのお誕生日プレゼントとカードが
段ボールの中に用意されていたそうです。
後輩の誕生日の前日に、一緒にクラブ活動をした仲間達と
お墓参りをして、小学生になった愛娘の成長からも一年を
感じました。
後輩の場合は私には告白してくれていましたが、周りには
言わないで欲しいと言われていたこともあり、伝えられず
周りのショックはかなり大きかったのですが、さいごまで
元気な印象のままいたかったのだと感じました。

二人とのお別れから、会える時に会っておくことの大切さ
周りがこまらないように、何がどこにあるかわかるように
しておくことも学びました。

その時々に色々な気づきをくれた仲間に感謝しています。