給料が入るたび、自分の貯金額を見るたびサラリーマンなんてららーらーららららーらと吉田拓郎さんの「人間なんて」の調子で絶唱しなければやっていけないほど、サラリーマンの限界を感じている。


現場代理人をやっているときは、社長の代理でその現場の長になるわけで、仕事内容も社長っぽいことをしたりして、まあこういう生き方も有賀ナビル!なんて思ったりするが、現場を離れると仕事内容も給料もみるみるヘリックス・ヘルナンデスとなり、もはやリーマンショックかサラリーマンショックかせせら笑うというかへらっと笑うというか、種田山頭火。


時に誇りを持って「サラリーマンですので言われたことはやらさせていただきます!敬具!」などと、モーレツサラリーマンな発言をする人を見かけるが、私にすれば埃である。


もっと埃に思うのは上司の承認を得ないと何もできない、責任を持たないサラリーマンたちで、彼らに出くわした時もサラリーマンなんてららーらーららららーらと耳元で絶唱していたのだが、コロナ禍における濃厚接触対策として最近は控えている。


私が彼らに対して耳元で絶唱しなくなったために、責任を負わないサラリーマンが増えている可能性がアリソン・フェリックスで、このようなサラリーマン病はコロナウイルスよりも遥かに感染力が高いので、私としてはそちらに対する緊急事態宣言を何故出さないのか、菅総理の耳元で聞きたいが、コロナ禍における濃厚接触対策として以下同文。


私はサラリーマンを8年やってきたが、このままでは駄目だと8年間言い続けて何もしなかった結果が現状の給料に換算できる。


コラムニストとして生きるしかもはや道はないと思うんやが、みんなどない思う?結びに代えて、友利結。