幻に溺れる

幻に溺れる

趣味で書いた小説をちょこちょこ上げていこうと思ってます。
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「入るよ」
「山本さま、我々をこんなところに集めて一体…………その者は……」
「ああ、ユウちゃんいらっしゃい」
「遅いで、山本」

 中にいたのは、上から祐樹、西園寺、翔の三人だった。

「遅いと文句を言いたいなら、彼女にいいなよ」

 ユウはそう言いながら、スタスタと上座に腰掛ける。城で現在最も偉いというのは、本当のようである。
 しかし、西園寺の他国の王子という設定がどうなっているのか、よくわからないままだ。

「君が、真奈ちゃんか……俺は、西園寺華流羅。真奈ちゃんの服、よく似合ってるよ」

 席を立って、私に近寄ってきたのは西園寺だった。スマートなさり気無い仕草で私の手をとり、西園寺の両手で包み込まれる。なんとも、むず痒い気分になる。

「西園寺さま! 客人ですよ!!」
「お堅いねー、祐樹ちゃんは。また後でね、真奈ちゃん」

 祐樹の叱咤する声で、西園寺は私の手から自分の手を離した。そして、次に祐樹が立ち上がり、

「始めまして。山本さまからお話は聞いております。女王付き護衛を勤めております、高村祐樹と申します」
「あ、北原真奈です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします、北原さま」

 ペコっと頭を下げる祐樹はなんというか、若いのに本当にお堅い人なんだなぁ……と思ってしまった。そして、祐樹はすぐにまた座り、最後に翔が立ち上がる。

「はじめまして、オレは杉原翔です」
「あ、よろしくお願いします。翔……さん」
「翔でいいで」
「え、いいの?」
「いいの? じゃなくて、是非、翔って呼んであげなよ。というか、君が呼びやすいように、ね」

 そんなことを言い出したのは、ユウだった。
 正直、意味がわからない。しかし、ユウは何か意図があってそんな発言をしたようで、先ほど見たような、何か企んでるような笑みを浮かべていた。

「確か、俺がユウで、高村が祐樹、西園寺は西園寺のまま、杉原は翔、だったよね」
「!!」

 それは、私がゲームをしていてや、ここに来てからも頭の中で呼んでいた呼び名だった。
 だが、どうしてそんなことをユウが知っているのか、どうしてそんなことを言い出したのか、全く理解できなくて、混乱しそうになる。

「どうして、って顔をしてるね? それはね、君が昨日俺の執務室に来たときに君が呼んでいた呼び名を覚えているから。君、ユウって最初に俺のこと呼んだよ ね? それから、他の奴を祐樹……さん、だとか、西園寺……さん、だとか、翔……さん、だって少し悩みながら喋っていたからね。
 そして、どうして俺がこんなことを言い出したかって言うのは、君ならわかるよね?」
「………………嫌がらせ、ですか?」

 私はユウの性格を思い出しつつ、恐る恐るそう答えた。

「違うよ、趣味」
「…………」

 笑いながら答える物だから、何も言えなかった。
 というか、この人……絶対一種の変態だ……。

「……ええと、どういう話かわからないけど、俺は真奈ちゃんの呼びやすいように呼んでくれたらいいよ?」

 そう、フォロー?を入れてくれたのは西園寺だった。しかし、そう言われても随分と年上の西園寺を呼び捨てで呼ぶことは普通に考えて出来ない。

「いえ、西園寺さんは西園寺さんで……」
「いいじゃないか、西園寺がいいって言ってるんだから」
「駄目ですよ、それは……普通に考えて……」
「普通に、何を?」
「年齢とか、立場とか……」
「ああ、君は結構気にするんだ」
「へ?」

 君は、とはどういうことか、そう聞こうとした。だが、私がそれを口にする前にユウは答えてくれる。

「西園寺、君は蓮華になんて呼ばれてるんだっけ?」
「俺? 西園寺くんだよ」
「高村は?」
「わ、私は……」
「何?」
「ゆ、ゆーきくんと……」
「杉原は?」
「オレは普通に翔って呼ばれゆうで」
「ほらね、これが君以外の女の呼び方」

 正直、予想外ではあった。ゲームとは、呼び方が違うからである。
 しかし、考えれば当たり前なのかもしれない。ここは、ゲームの世界であってゲームの世界ではない。皆、意思をもって生きているのだから。

 だから、ユウがこれほど性格が悪いのも、現実なのだ。

「だから、君も呼んだら?」
「いえ、でもそれは……」
「じゃあ、呼べ」
「え?」
「呼べ、って言ってるんだよ。僕が」

 ……僕?
 一人称の変化に違和感を覚えたが、それを聞くことは叶わなかった。それよりも、まさかの命令口調が問題だ。

「え、呼べって……ええ?」
「面白いと思わない? 近頃来る客人は、国の上位陣を相手に軽口を叩いている。あの客人は一体何者なのか……って、恐れられる感じ」

 そう言って、ユウは笑った。ただの客人である私が、命令されて断れるわけもない。例え、ユウの趣味の嫌がらせであっても、それを拒むことが出来ないのだ。きっと拒むことは拒むことで、ユウという国の現在のトップに対して、失礼なことでもあるだろう。
 だが、これでわかりましたとただ頷くのも、嫌だ。偉い人に言われて、断れないから呼ぶ、だなんて、ユウを悪者にしているだけだろう。だから、私は私の意志で、

「……面白くないですよ。でも…………わかりました」
「……聞くの?」
「聞きますよ、でも、私の意志ですから。別に、あなたに言われたから好きなように呼ぶわけじゃありませんから」

 そう、言い切ってやった。
 ユウは、面食らったような表情をして、クッと笑いをこぼした。何がおかしいのか、私には意味がわからなかった。

「なるほど。君は俺の命令を聞くわけでは無くて、自分の意思で、呼ぶわけか」
「はい」

 よくはわからないが、とりあえず返事を返した。
 少し後悔もあったが(ユウにそんなことを言ってしまって)、これはこれで間違ってはいないと思う。

「いいよ。そうしなよ。祐樹、西園寺、翔、ユウ、そう呼べばいい」
「わかってます」

 こんなことを言ったが、そういえば他の皆さんはどう思っているのだろうと、回りを一度見た。
 翔は、最初からそう呼んでくれと言っていた。西園寺は、別段気にしていないらしい。祐樹は、少し釈然としないといった表情をしていたが、私と目が合うと、「山本さまの命令ですから、どうぞお好きに」と堅苦しく返事を返してくれた。
 命令じゃ、ないんだけどね……。


 そういえば、ユウは私のことをこの人たちにどう説明しているのだろうか。それが少し気になったので、ユウを見る。すると、ユウは悟ってくれたようで、私にこう言った。

「君の事は、ここにいるメンバーには話してある。君が、どこから来たのか、君の世界から見た、この世界はどうなのか、だとかね。だから、何かあったらここのメンバーに相談してくれて構わない。しかし、ここにいる者以外には君のいた世界の話はタブーだよ」

 最もである。
 私の居た世界では、この世界はゲームだったの、なんて言われて普通気分がよくなるわけがない。ここにいるメンバーだけにでも、伝えてくれたのは幸いだろう。
 相談する相手が、人格はどうであれ四人は居てくれるのだから。

「わかりました」
「よし、ならこれで今日の話はお仕舞いだ。城でのことなんかは、あの女に聞くといいよ。それじゃあ、解散。各々、職務に戻ってくれて構わない」

 そう言って、ユウは立ち上がった。
 それを合図に、他のメンバーも一気に立ち上がり、部屋を出て行く。私は、どうしようと思ったが少し聞きたいことがあったのを思い出し、ユウを引き止めた。

「……何?」
「あ、す、すみません!」

 何も考えず、ユウをただ引きとめようとして、私は彼の裾を掴んでしまった。

「北原さま!」
「まーまー、いいじゃないの。ユウちゃん、優しくしてやれよ」
「またな、真奈!」

 私の名を、怒るような声で呼んだ祐樹の背を、西園寺が軽口を叩きながら押していく。その後ろを、翔が通り、三人は部屋から出て行った。
 そこには、私とユウだけが残されることになる。

「それで、何? それから、服を離しなよ」
「う、すみません……」

 私は、ビクビクしながらユウの服の裾を離した。咄嗟にするにしても、まさかこんなことをしてしまうなんて思わなかった。普段、友達にしているような態度を取ってしまい、本当に反省している。穴があったら入りたいくらいである。
 だが、ここでそんなことを反省して黙っていたら、余計にユウに怒られそうなので、聞きたかったことを率直に聞くことにした。

「あの……私の部屋に今朝来てくれたメイドさんのことなんですけど……」
「何? 何か粗相でもした? だとしたら、あまりにも早いね」
「いえ! そんなことはないです。料理も、とても美味しかったですし。でも……その……」
「何?」
「……名前は、なんと言うんでしょうか?」

 そう、それはあのメイドさんが答えてくれなかったことだ。どうして、名前を聞いたら身体を震えさせたのか、それがわからなかったので、一度聞いておこうと思ったのである。

「ないよ」

 それに対しての、ユウの返事はあまりにもあっさりしていた。

「へ?」
「名前は、ない。強いて言うならメイド。それが名前だ」
「それって……名前じゃなくて役職じゃ……」
「そう、役職が名前なんだよ」
「どうして……」

 この世界では、それが普通なの?
 私には、全く理解できないことである。

 だが、ユウは特に気にした様子も無く淡々と教えてくれた。

「この国ではね、メイドと、兵士という役職は少し特殊なんだ。その仕事に就く時から、人は名前を捨てる」
「捨てる?」
「そう、捨てる。この世界には、魔法があることは知っているよね? そういう魔法があるんだよ。というか、それが女王の魔法だ」
「女王の……魔法? 名前を奪うことがですか?」
「そういうわけではないけれど……面倒だから割愛しよう。まあ、そういう能力を女王は持っているんだ。だから、人はこの城でメイドか兵士という仕事に付いた瞬間に名を奪われる」

 名乗る名前が、無くなってしまう。
 それは、どういう気分なのだろうか。普通、私のいた世界では人は死んだ後も名前は残る。名前は、その人がそこにいたことを記すものとなるからだ。
 だけど、その名前が無い。

 例えば、墓に名前が彫れなかったら?
 誰のものか、わからないし、その人がどんな人だったのか説明しようとしても、なかなか難しいことになりそうだ。
 名前は、親に命の次に与えられる大切なもの。それがなくなるなんて……考えられない。

「だから、メイドや兵士は名前を聞いても答えられない。ただ、一つだけ名前を得る方法はあるけどね」
「得る方法?」
「そう、失った名前は、二度と得られない。それは、魔法の能力だからだ。だけど、女王の本の少しの良心でね。兵士なら、騎士として。メイドなら、誰か一人のお付となった時……その人に、名前を貰える。その名を名乗ることを、許されるんだ」
「親でも、ないのに?」
「城に来るとはそういうことなんだよ。そして、一人に付くとは、主を決めることでもある」
「主……あ、じゃあ……」
「そう、君に今日から付いたメイドに、名前をつける権利は君が持っている。けれど、一つだけ主にも条件がある」
「条件?」

 ユウは、真剣な面持ちで言葉を続けた。

「絶対に、従える者を捨てないこと」
「捨てない?」
「捨てるということは……そのものは二度と名前を得られなくなるということだ。死んだ後も、永久に」

 重い。

 それが、私の正直な感想だった。
 だって、両親が付けてくれた名前を魔法で捨てるだけでもわけのわからないことなのに、それを主となったものが再度決めていいなんて。
 そして、その従えた人を捨てる、つまり解雇を許されないということだ。それはその人の名前を永久に奪ってしまうことになるから。

「捨てるって、ここから自分がいなくなることも含みますか?」
「いや、含まない。職務を全うすれば、名はその者の所有物に変わる」
「そうですか……」
「……付けるの?」
「…………」
「付けてあげるといいよ。メイドたちはそれを口にはしないけど、望んでいる」
「?」
「……人は誰だって、名前を欲する生き物だからね。
 それじゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 ユウはそういって、私に背を向けた。

「あ、ありがとうございました!」

 私は、見えないことはわかっていたがユウに向かって礼をする。

「メイドは、君の部屋にいると思うよ」
「あ、はい!」

 ユウはこちらを向かないままそう言って、廊下を歩いていった。私が最初に来た方向とは逆の方向に向かってだ。私は、ユウが角を曲がり見えなくなるまでそこで待っていて、ユウが見えなくなってから、自身の部屋に向かって歩き出した。

 私の心は、もう決まっていた。

 ユウの最後の言葉も、少なからず後押しになっていた。

 そう、人は名前を求める。
 誰だって、名前を呼ばれることは心地よいことなのだから。