コンプレックスを受け入れられない
裏切りを許せない
障害や病気を持っている事を受け入れられない
過去の自分が嫌いだ
出来ない自分が嫌いだ
我が子を受け入れられない
ラインが返ってこないのが許せない
痩せらない自分が嫌いだ
なんであんな事言うの?するの?
などなど…
大なり小なり受け入れ難いことは
日常的にも意外にたくさんあったりする
そのたびに、
外向きにフォーカスしてしまっている自分にお気づきだろうか…
誰かと何かと無意識に比較して
相手に対してジャッジ
自分に対してジャッジ
そして
心がザワつく
そして
そんな自分をゆるせず
そんな自分に駄目出しをしてはいないだろうか…
自分を愛することをなおざりにしてはいないだろうか…
本当はそんな自分も全部ゆるしてあげて
それらを手放して光に返し
受け入れていければ良いのだけれど
結構、それって難関だったりする
だって、まず
そんなに簡単にゆるせれば
そもそも悩まないし
光に返すとか受け入れるとか
意味わかんないし
体感ないし
などなど…
だから私は
最初は
ゆるさなくても
受け入れなくても
良いって思っていて
その時のその感情を素直に感じてあげるだけで良いって思ってるの


例えば…
「嫌だったよね。うんうん、それは嫌だよ。私はラインを待っていたんだよね。悲しかったよね。悔しいよね。うんうん。
」
「受け入れられないよ。こんなコンプレックスだらけの自分なんて。嫌だよね。辛いよね。うんうん。
」
「あんな事、言ってきてさムカつくよね。私はとっても頭にきているんだ。凄く悔しいんだ。うんうん。
」
みたいな風に
ただただ自分の
今、猛烈に感じている感情を
しばらく感じて意識してあげるだけ

なんでそう感じる?
とかの分析はしなくても良い
ただただ
自分の胸に向かってその感情にスポットライトを当てて感じるだけ


そうすると
不思議といつの間にか外向きにフォーカスしてない自分に気づく
自分の感情に意識してるから
内観してるから
そして
また追加で良いことが
スポットライトを当てて照射したことで自然と光に返っていたりするの

意識するともっと確実で早いのだけれど
最初はこれが一番、やりやすかった
内観しやすくなるし
何より怪しまれない
多くの人に
受け入れやすいみたい
ちょっと心理学的手法に近いような要素があるからかしらん
少しでも
生きづらい感情にスポットライトを当てることで
実は内観していて
それを感じるという行為自体が
受けいれてゆるしていることにもつながるという…

遠回りなようで受け入れられやすい手法だったりする

だから
私のお気に入り


それでマインドを変えて病気を克服した人や
生き方が変わっていった人達を目の当たりにすると


やっぱり、
一人一人の力って無限で果てしないってこと

そしてそれが出来るのは
変えることが出来るのは
結局、他の誰かとかじゃなくて
自分自身しかいない
自分がやるしかない
そんな力強い真実に改めて気付かされる
