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尾生の信のブログ

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しばらくバタバタしているうちに、冬になってしまった。

ブログの移転手続きだけをして、忙しさにかまけていた。

まだ、このブログの書き方が分かっていないので、とりあえずの近況。

 

9月末に、家内が心筋梗塞になり、手術して3週間ほど入院していた。

応急の手当てや、手術の的確さのおかげで、相当に危ない状態だったのに、無事元気になった。

歌うことも車の運転も大丈夫になったが、まだまだ注意することもいっぱいある。

特に食事は、塩分やコレステロールを非常に気にしているので、ずいぶん変わってしまった。

それでも先日は、カニを食べに北陸まで行ってきた。温泉に入ってゆったりとして、満足して帰ってきた。

次々と出てくるカニ料理を堪能した。食事制限をけなげに守っている家内も、カニを楽しんでいた。

 

私は、卒論を書き始めている。桶狭間のことをいっぱい勉強して、卒論を書いてよいかの審査を受けた。一応合格だが、きつい指摘を受けて非常に困っているが、やるしかない。

名古屋に行って、織豊期のシンポジュウム、図書館での文献漁り、桶狭間を歩き回るをやってきた。夜は、「金シャチビール」という地ビールや、信長ハイボールで味噌おでん、手羽先、味噌串カツ、味噌煮込みのセットの名古屋飯を楽しんだ。味が濃くって、大変。

上杉謙信の城、春日山城の麓で行われる祭である謙信公祭に参加してきた。
地元はもちろん、全国から参加者が集まって、行列をし、夜は合戦をやる。
プロの演出家や殺陣師たちが指導し、前日から練習を繰り返す。

私は、桶狭間の研究をしているので、実際の戦での行軍や合戦の時の感覚をつかみたく、雑兵として参加する申し込みをしていた。
前日は、伊賀から名古屋、長野を経由して、8時間かかって会場の春日山に到着し、早速、練習した。
多数の人が何回も参加しているようで、楽しく和気あいあいと楽しんでいた。
当日は、心配された雨も降らず、さして暑くもなく、気候に恵まれた。
ただし、雑兵にしては立派な鎧兜で、少々重く、何よりも風通しが悪く暑い。
行進は、沿道の観客の拍手を受けながら、ゆったりと歩いた。
合戦は、各部隊が交代で戦うのだが、すごい重労働だった。
本当の戦のしんどさがよく分かった。
上杉つながりで、米沢の鉄砲隊も来ていて、待機中にたくさん鉄砲のことを教わった。
行軍の時の兵たちの距離間隔、その時の鑓や旗や腰に差した刀が、いかに邪魔かもよく分かった。
いい勉強をたっぷりした。

翌日は、一番列車で長野に向かい、川中島古戦場と、善光寺へ行って、その後名古屋で久しぶりの都会を楽しんで帰ってきた。途中の電車バスの中では、勉強に集中でき、今週末の試験の準備が相当に進んだ。
楽しい3日間だった。
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雑兵にしては、立派な装束だった。私は武田軍なので赤備、後ろの方にいる黒の鎧が上杉軍。小学校の体育館が着替える場所。わらじで歩き回ったのは初めて。思ったより足も痛くなく、快適だった。












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早朝の長野駅で、立ち食いそばを食べた。
若いころ、あちこちの駅で食べていて、立ち食いそば屋なんかない田舎に住んでいると、妙に懐かしい。
すっかり満足。
昼食に食べた、長野の市内の手打ちそばが、全然美味くなく、なんと、麺が大好きな私が半分残してしまったのとは、対照的だった。





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善光寺の山門の上から見た本堂。
善光寺は、学生時代に行ったきりだったので、約半世紀ぶりの訪問。
本堂の完全に真っ暗な地下道を歩くのも、一種のエンターテイメントのように楽しかった。
北京オリンピックの時に、チベットの僧侶たちが中国に迫害されていることに抗議して、聖火リレーの会場になることを善光寺が拒否して以来、それに賛同して観光客として行きたいと思っていた。
ダライラマが、善光寺を訪問した時に描かれた砂曼荼羅が素晴らしかった。




孫たちも帰って、少し秋の気配も感じながら、相変わらずバタバタしている。
今は、大学の試験の準備で大忙し。
卒業はあきらめて、卒論だけに集中したいなあ、なんて思ってみたりしている。。

畑は、いつもの草刈り。
かぶ、赤かぶ、高菜、日野菜、大根、辛味大根、レタス、ニンジン、ブロッコリー。わさびリーフ、オカヒジキ、水菜、キャベツ、白菜、次郎丸、ホウレンソウを蒔いた。

先日は、阿波踊りを見ようと旅行社に予約してあったのだが、台風で中止になった。
今日から、新潟へ行って、謙信公祭に参加する。
上杉謙信の城である春日山城跡での行列と戦いに雑兵として参加する。
桶狭間の研究をしているうちに、雑兵の体験をしたくなっていた。
来週は、スクーリングと試験があるので、片道8時間の移動中は、ひたすら勉強ということになる。
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家内が、1週間ほど東京へ行っていた。
なっちゃんの具合がよくなく、世話が大変だった。医者に連れて行きたかったが、野良が長かったなっちゃんは、警戒心が強く、私が捕まえることはできない。
家内が帰ってきて、ようやく捕まえて、医者へ行ってきた。
ひとりの朝食。
具たくさんの味噌汁、つるむらさき、オクラ、ししとう、木耳・昆布・きゅうりの糠漬け、納豆、ゆかり、茄子の塩漬け、がごめ昆布、ちりめん山椒。
こういう朝食を食べていると、幸せだ。


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前の日曜日は、各家から一人づつ出て、水路の掃除。
私が伊賀にやってきたころは、泥がいっぱい底に溜まっていたが、コンクリート張りをしたので、すっかり楽になり、水路に面した雑草や竹を切るのが主体になっている。水路の横の畑や田んぼが使われていると、その持ち主がやるのだが、放棄されたところは、みんなでやるしかない。
明日は、道路の草刈りがあるが、私はいないので、家内に出てもらうよう頼んである。これも道路の草刈りもあるが、放棄された畑の雑草が、道に覆いかぶさってきているところがあるので、ここを刈る。本来道路は、その横の畑の持ち主が刈ることになっているが、放棄された畑が多くなってきている。意外と、地元に住んでいない人の畑が多く、これが放棄される。