まある日記

まある日記

日々のこと 好きなこと 思うことを綴っていこうと思います

   御訪問下さりありがとうございます

Amebaでブログを始めよう!

昨年の春頃だったか、

日曜日の昼下がり、電車に乗っていた時のこと。

車内はまばらに立っている人がいるくらい。

私はドア際に立っていました。

 

いくつめかの駅で、

小学生が乗ってきました。

3年生か4年生くらいかな?

リュックをしょって、電車には乗り慣れている様子。

 

乗ってくるなり、

リュックの中からガサゴソと何か取り出しました。

見ると「干し芋」と大きく書かれたスーパーのオリジナルブランドのパッケージ。

 

見た目、ごく普通の小学生。

なのに、「干し芋」

なかなかやるではないか・・・

 

今時、普通のパッケージには切り込みがあって、

すぐ開くようになっているけれど、

それには無いようで、引っ張ったり、歯で噛み千切ろうとしたり、

しばらく頑張っていましたが開きません。

 

そうしたら、まるで獅子舞が頭を振るように、

大きく体を回して、周囲の大人を見回しています。

それが、ぜんぜん嫌味じゃなくてかわいいことかわいいこと。

 

あまりのかわいさに呆気にとられていた私と目が合うと

「はさみ持っていませんか?」ときくので

「持ってないの。ちょっとおばちゃんがやってみようか?」と

袋を受け取り開けようと試みましたが、

かなり厚手の素材でどうにもなりません。

 

「だめだ、ごめんね」と袋を返すと、

彼は、ドアの反対側に立っていた若い男性の方を

先程と同じように大きく頭を振って見上げています。

 

イヤホンをしてスマホを見ていた彼ですが、

無言で袋を受け取り、破こうとしますが、彼の力をもってしても無理。

彼「こうやっていい?」と、

ズボンに付けていた鍵束の鍵のひとつを袋に刺すしぐさをすると、

その子は嬉しそうに大きく頷きました。

 

一刺しで成功。

彼はぶっきらぼうにその子に袋を渡して、すぐまたスマホに戻りました。

 

ほっとした表情で、干し芋を美味しそうに食べだして・・

 

またその表情がホントに可愛い。

本人、一生懸命なだけ。

 

また数駅すると、あわてて干し芋の袋をリュックに納め、

私と彼に向かって、

やっぱり大きく頭を振って「ありがとうございました!」と言って

降りていきました。

 

その後ろ姿を追いながら、

春の午後の陽ざしが

いっそう暖かく感じられた休日の午後でした。

 

 

住宅街に奇跡のように残った畑

少しづついろいろなものを作ってくれています

今日、通ったら、さつま芋が植えられていました。

 

この畑から、植え時を教えてもらっています。

昨年は、プランターにさつま芋を植えました。

しかも、一昨年のお芋で芽が出たまま放置していたもの。

肥料もあげないのに、見事に指くらいのお芋がいくつもできました。

ものすごく甘くて美味しかった。

 

植物の生命力ってすごいです。

その中でも特にさつま芋はすごいんですね。

尊敬!!

 

 

 

 

 

 

干し芋大好きです。

茨城の生産者Kさんが

自ら作ったさつま芋を干し芋に加工。

 

天候やその他の農作業で、

今年はもう終了とのことでしたが、

しばらく前に

これが本当に今シーズンの最後と届きました。

 

 

 

 

 

 

ずーっとながめていましたが、

今シーズンの食べ納め。

 

火で炙っても美味しいけど、

はさみでチョキンチョキンと切って

(包丁だとベトベトするからねニコニコ

きな粉をまぶして食べるとまた美味しいです。

 

 

きな粉と干し芋だけで、なんという甘さ。

また来シーズンが楽しみです。

 

ご案内シリーズ第3回、最終回です(笑)

 

今度はベトナム人の男性です。

 

昨年の11月半ばのことでした。

仕事からの帰り道、駅から家へと向かっていました。

 

途中、知人からの電話があり

電話を終わって顔を上げると

道の反対側から、私の方へ若い男性が歩み寄ってきます。

 

わりと小柄

耳にはイヤホン

左手にスマホ

スマホには地図が表示されていました。

右手には紙切れを持っています。

 

私のそばまで来ると、

その紙切れをスッと無言で私に差し出しました。

 

最初は、チラシかなにかの配布なのかと思いましたが、

手に持っているのは、その一枚だけ。


 

???

「これは?」

「どうしましたか?」と訊いてみましたが

答えがない。

 

次には、知的障がいをお持ちの方なのかと思いました。

(私は普段仕事で接しているので

自閉症などで、見かけではわからないけど、

言葉がない方もいるので)

 

その紙を見てみると、ハガキで、

宛先は、ここからはかなり離れた場所

宛名は、○○・○○・グエン様

内容は、鉄道会社の遺失物取扱所からの

財布の保管案内。

 

外国から来た方のようです。

カタコトの英語で質問してみましたが通じない・・・

 

そうしているうちに彼がスマホで誰かに電話をして

今の状況を伝えている様子。

そして、電話を私に差し出すので代わると、

日本語の通じる年配の女性でした。

 

ここは駅からは遠い場所であること

遺失物取扱所の駅は沿線ではあるが、

今いる場所の最寄り駅から数駅電車に乗らなければならないこと、

その遺失物取扱所は、その駅を出て数分のところだということ

を伝えました。

そして、彼女と相談の結果、

最寄り駅まで、私が彼をお連れすることにしました。

 

だって、日本語がわからない彼にとっては

目的地に着くのは、すごくハードルが高いです。

だから多分、全然違う駅の、

しかも、そこから離れた住宅街に迷い込んでしまったのだろうけど・・・

 

最寄り駅まで歩きながら

「あなたはどこの国から来ましたか?」

「いつ来ましたか?」などと質問してみました。

え~と、とか、あの、とか余計な音をはさまずに

教科書にのっているような日本語を心がけながら。

 

ベトナムから10月に来て、

3月までの予定で日本で勉強するようです。

日本食で好きな食べ物は、お寿司。

おとうさんとおかあさんと3人の兄弟がいるそう。

 

彼からも質問がありました。

「先生の家族は何人ですか?」

「先生は子どもが何人いますか?」

頭の中の日本語の教科書のページから

今、話すことを探しているような表情で

一生懸命に。

 

秋の日の夕暮れ

穏やかな時間でした。

 

駅に着いて、券売機の路線図で降りる駅を確認し、

切符を1枚買いました。

「先生は一緒ですか?」と彼。

「いいえ、私は帰ります。一人で行って下さい。

駅に着いたら、駅の人にこれ(ハガキ)を見せて下さい」

(こうやって書くと、何だか冷たい感じですね(^^;))

 

そこでわからなかったら、

また日本語のわかる先程の女性に電話するでしょう。

 

駅までの道で彼に教わった

ベトナム語の「さようなら」「ありがとう」を言って別れました。

 

一応、行先方面のホームへ彼が行くのを見届けて、

私は家の道を辿りました。

 

本当に本当にありがとうだったんです。

 

そのころ私は体調を崩していて、

仕事も大幅に縮小、

それまでライフワークにしていたボランティア活動や

様々な学びも一時休止していて、

しかたのないことですが、

世界から切り離されたような孤独感を心に抱えていました。

 

だから、こんな小さなことでも

今の私にできることを与えてくれた彼に

本当にありがとうだったのです。

 

神様はそんなふうにそっと

その時その時

贈り物を置いて下さっているのだなあと思いました。

 

おかげさまで、今は回復の途上にあり、

ほぼ以前の生活ができています。

そのことにも深く感謝です。

 

 

 

前の記事の写真から10日後の麦畑

穂が色づいて

金色になってきました