お久しぶりです
やっとこさ気持ちが落ち着きましたので
母のことを書かせていただきます。
12/7 23:52永眠しました。
77歳でした。
12/7にお昼過ぎかな。
ブログをUPしまして
あれから夕方に一度私は帰宅して
子供たちの夕食の支度してシャワーして
すぐまた病院へ行きました。
無呼吸の時間もありながらも
すやすや眠る母。
もう反応はありません。
たびたび訪問してくださる看護師さんと
話したり
母に話しかけたりしていました。
19:00頃
長男の運転で子供たちが3人で来ました。
他病棟は面会禁止の中
緩和ケア病棟は一人ずつ15分のみですが面会OK。
母の状況を考慮してくださり
子供たちと私みんなで時間制限なしに
面会できました。
(もちろん検温や問診はあります)
母のベッドを真ん中に置いてもらって
手前左長男、奥次男、手前右娘です。
みんなで母を囲んでテレビを見たり
話したりしました。
22:30もう遅いので子供達を帰らせて
私は泊まることに。
看護師さんが母のベッド柵を外してくれて
簡易ベッドをピッタリくっつけてくれました。
母とダブルベットで寝てるみたい。
小さい時
ダブルの布団とシングルの布団を敷いて
ダブルに私と父、シングルに母が寝てたなあ。
私が父としか寝なかったそうです笑
母に抱きつきながら横になってました。
幸せ
23:00過ぎ
下顎呼吸が始まりました。
看護師さんが来たので
下顎呼吸が始まったと言うと
日付は越せないと思うと。
緩和ケアの看護師さんは
医師よりも当たりますからね。
悲しいけど
母が本当に穏やかな顔で眠っているので
母の温もりを忘れないように
静かに添い寝しました。
23:52
母の最期の呼吸を見届けて
母に
「ママありがとう。また会いましょう」
と伝えました。
しばらくして看護師さんが来て
心肺停止しましたと。
医師が死亡確認に来るまで
母の横に添い寝していました。
死亡確認が終わり
葬儀社に連絡するために外に出ました。
本当にきれいな下弦の月が輝いていました。
あの月は一生忘れることはないな。
葬儀社の方がお迎えに来るまで
看護師さんと一緒にエンジェルケアをさせてもらいました。
お化粧は私がしました。
二日前まで食事していたからか
顔はふっくらしていてきれいでした。
看護師さんたちが
「お母さん可愛いって評判だったんですよ!
いつもニコニコしてお顔が可愛いから幼い子みたいでね〜」
と、言ってくださって
「中身はとんでもないお嬢気質なんですよー」と
言うと
ビックリされてました笑
またまた友引と斎場の空きの関係で
父の時まではいきませんが
葬儀社に2泊することになりました。
父の時にお世話になった家族葬の葬儀社。
3年前なのに父のことを覚えていてくれました。
仮通夜の時の子供たち。
左から長男、娘、次男です。
このすぐ横の布団に母が眠っています。
通夜の朝、納棺の儀がありました。
長男と次男が母を納棺しました。
母が棺に入ってからも次男はべったりでした。
次男が生まれた時
長男の幼稚園やらで私が忙しく
毎日母に次男を任せていたからか次男は1番母にべったりでしたからね。
葬儀の朝です。
喪服姿の子供達。
長男は父の、娘は母の喪服を着ました。
母の身寄りは私の家族だけですので
お寺さんに来てもらってもこじんまりしていました。
出棺の時は母が大好きだったプラターズの曲を
流しました。
じいもママがいなくなって
母ちゃん一人になっちゃったよ。と言うと
次男が
うちらがおるやろ〜と言ってくれました。
本当にそうですね!
父と母が大好きだったこの子達を立派に育て上げて!
堂々と胸を張って
父と母に会いにいくとしましょう!
本日は母の三七日です。
もう三週間か〜
皆様、応援ありがとうございました
またひょっこりアップするかもしれないので
その時はよろしくお願いします!




