Nobody knows story

Nobody knows story

-another story-

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冷凍のえびを手に入れたので、エビチリにするか海老マヨにするか迷う

順調にレパートリーが増えてきました



だけどとりあえずは
味噌汁おいしく作れるようになろう

もちろん、昆布から。


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2月はたくさんの人に会えた気がします

はるばる名古屋まできてくれたひと
本当にありがとうございました。








春節、中国人、赴任者帰省ラッシュ
さすがに干からびる

明日から魔の1週間

繁忙期、何回か経験してるけど今度こそまずい気がする





昨日、お客様目の前にいるのに後ろから「もっとスピード上げてくださーーーーーーい!!!!!!」って煽られて

ツアコンさんからリクエスト言われて応えてたら後ろから「次からそういうの断ってくれる?」ってきっぱり言われ

ミーティングも改善の傾向が全く感じられない話ばっかぐだぐたして
 
上からも下からも「なんで東京にしなかったの?」って言われて



いらいら通り越して
最近もう自分の現状が虚しく感じる











これ、本当に自分がやりたかったことだったのかな?
もっと違った気がするんだけどな




時間だけが無駄にどんどん過ぎていく
寝てんのか寝てないのかもわからん

本心と違うことをしているのが歯がゆくてふとした時にスイッチが切れる笑
疑問に思いながら仕事をするのってこんなに苦しいものなのか











もう、そろそろいいかなあ笑




治ったはずの激痛が
たったの1日で復活してしまう

悪夢の始まりが近付いている証拠
つまりはそういうこと

痛い痛い。


夜の銀座はたくさん人がいるね

どんなにがやがやしてても
どんなに人混みだらけでも
街にはたくさん光が溢れてる


駅前にいる待ち合わせの人たち
買い物してる家族
仕事帰りのサラリーマン
慌ただしい毎日を送る人たち




ここに流れてる時間には
”1日”がちゃんと刻み込まれてる

景色全部がきらきらしてる
見える世界に色がある

あったかいんだからぁ~…






いつも1時間ごと起きちゃって
疲れが全くとれないのに
同じ布団でも実家で寝ると
びっくりするほど一度も起きない

いっつ、ミラクル



部屋で見るテレビ
面白くてもなんか笑えない
だけどみんなで囲んで見るテレビは
こんなにも面白くて楽しい

一人暮らしあるある笑










同じ日本なはずなのに
新幹線で1時間40分しか離れてないのに

同じ空気を吸っているのに
どうして今こんなに窮屈なんだろう


気づいたら4時で
気づいたら仕事してて
気づいたら15時で
気づいたら翌日

わたしの1日って何なんだ笑




何もかもがこんなにも違うのは
どうしてなんだろう





ああ、また痛くなってきた
これなら筋肉痛の方がまだましだわ







はぴにゅいや!
あけましておめでとうございます。


今年最初のおみくじは小吉でした
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商売 利益少なし
相場 目先を変えよ

…うーん。笑






先月の帰省のおはなし

誕生日におさいふ買ってくれるとのことで東京駅を散策…が、お目当がなかなか見つからず

お茶歩き回ってお茶してたら、前日徹夜していた姉が睡魔に襲われておりました笑

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姉もいろいろ悩みがあるそうで
結婚ってたいへんだ。←ひとごと


ちなみに結局年明けに姉が姉好みのおさいふちゃんとプレゼントしてくれました!

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東京駅に来たもうひとつのお目当は、ディズニーのイルミネーションでございます

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さすが東京。
名古屋のクオリティは全然です。










名古屋に戻り、クリスマスを家でひとりさみしく過ごした12月下旬でしたが、ちょうど23日付で辞められる先輩からお手紙を頂きました。

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仕事で関わったのはラウンジ業務だけでしたが、普段誰にも言えない本音を、心の底から話すことが出来た唯一の先輩でした。


母の一件は”体調不良”という理由で欠勤していたため、同期の誰にも言えず…


だけどこの先輩はもともと色々な事情を話せる関係だったので、復帰後同期には言えない気持ちも全部打ち明けることができました。


4つも年上なのにほんと若々しくて、共感できることがたくさんあって、とにかく面白くて、英語がペラペラで、人として尊敬できる素晴らしい人だった。。。

本人はその気はなかったかもしれないけど、私としてはこの人に話しかけられて何度も何度も心が救われた気がする

次はオーストラリアで働くんだって。





「やらずに後悔するよりやって後悔」

何度も聞いた決まり文句のようなこのフレーズが、いまの私にはずーんとくる。







年末最後の休みの日にはお母さんの妹が名古屋まで来てくれて、おせち買ってもらったりご飯してくれたりと充実充実。

名古屋高島屋でリラックマ展やってた笑


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年が明け…たのかどうかもわからず新年初日から悪天候でイレギュラーDay

もうこりごりです。ほんとに…





そんなかんじで私が疲労困憊状態だったこともあって、大好きなパパどぅーはまた車で400km運転して名古屋まできてくれたよ!
大輔が冬季講習だから母もさすがに来れなかったけど、姉と祖母も一緒に。

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換気扇のお掃除してくれて、久々に海鮮やお肉を頂きまして、温泉でゆっくりして

1泊だけだったけど普段のストレスがすぅーっと抜けていきました



















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帰る日の朝、コメダで朝食をとっていた時のこと

「そろそろ帰っといで(笑)」

と、父がぼそっと口にしました。

そんなこと言われるとは思ってなくて正直わたしも、まじか。ってなった笑




最初に近い場所で働いてたとして、そこから遠い場所に転職されるより
初めに名古屋に飛び出したぶん、今はもういつでも東京に帰ってきてもいいと遠回しに言われ

終いには「名古屋はもう十分満喫したしな~もう次来るときは引越しのときくらいだな」っておい。←






そしておばあちゃんが言う、「でも東京戻ってきて、しばらくして嫁に行ったら結局また家出ることになってもっと寂しいんじゃないの?笑」と。

これに対して父、母のことは気にしなくていいがやっぱり娘にはいま近くにいて欲しいって。お嫁に行かれるのとは別の話として。笑

あと本音としては、地上にいて欲しいって。







今まで帰省する度、最後家を出るとき父が私にかける言葉は必ず「行ってらっしゃい」だった。

でももうこれ以上送り出すんじゃなくて、私にもっとたくさん「おかえり」って言える毎日がいいんだって。


「転職決めたら連絡するんだぞ。というか羽田ならいつでも帰ってこれるようになるな。そしたら次は品川あたりか。」って堂々と言い放つ父の勢いの良さには圧巻です笑


















父は今年で定年を迎える
母もいつどうなるかなんてわからない



あの日からずっと
心の中で1番気にしていたこと

一度自分で決めた道なのに、それを投げ出して東京に戻る選択肢だけは出来ない

10年の陸上競技生活を経て自分は何事も途中で投げ出してこなかった(つもり)のに、そんな生半可な自分の姿を見て両親はどう思うだろう

そう思ってたけど




まっすぐしかない道を愚直にまっすぐ歩くことだけが正解とは限らない、と今なら思う


仕事のミスともかぶる話だけど、気付いた時にはもう遅い、、、そんなことをこれからも繰り返してばっかじゃ命がいくつあっても持たんわ笑























後悔しない2015年にしたい。

今、何が正しいかを探すことより、自分で決めたことに後悔しないことを優先したい












そういうのもありですか。




最前線に立ちたかったのは事実


でも意外と自分にそれは向いてなくって、どちらかというと舞台裏に徹してる方がいいのかなとも思う




最前線に、いいことなんかない
海猿で源教官が言ってた気もするね


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いま、半分くらい。

忘れないように、印象的な出来事とかお客様の言葉を書き留めてるのですが

最近はミス連発し過ぎてもう暗黒な内容しかありません笑






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ホノルルマラソンから1年経ちました。



あんなにも(卒論と言う名の)日常を忘れて毎日楽しいことばかりだった日はなかったと思います


帰国翌日ギリギリまで必死に学校でパソコン向かったのもいい思い出…


その週、母校の顧問の祝賀会のアルバム製作に時間かけすぎて、
祝賀会前夜一睡もせず翌朝を迎えるという無茶振りもしてたけど

あの頃、とにかく本当に何もかもが充実してたなー














今は全くきらきらしてないなあ。笑