東京駅に来たもうひとつのお目当は、ディズニーのイルミネーションでございます
さすが東京。
名古屋のクオリティは全然です。
名古屋に戻り、クリスマスを家でひとりさみしく過ごした12月下旬でしたが、ちょうど23日付で辞められる先輩からお手紙を頂きました。
仕事で関わったのはラウンジ業務だけでしたが、普段誰にも言えない本音を、心の底から話すことが出来た唯一の先輩でした。
母の一件は”体調不良”という理由で欠勤していたため、同期の誰にも言えず…
だけどこの先輩はもともと色々な事情を話せる関係だったので、復帰後同期には言えない気持ちも全部打ち明けることができました。
4つも年上なのにほんと若々しくて、共感できることがたくさんあって、とにかく面白くて、英語がペラペラで、人として尊敬できる素晴らしい人だった。。。
本人はその気はなかったかもしれないけど、私としてはこの人に話しかけられて何度も何度も心が救われた気がする
次はオーストラリアで働くんだって。
「やらずに後悔するよりやって後悔」
何度も聞いた決まり文句のようなこのフレーズが、いまの私にはずーんとくる。
年末最後の休みの日にはお母さんの妹が名古屋まで来てくれて、おせち買ってもらったりご飯してくれたりと充実充実。
名古屋高島屋でリラックマ展やってた笑
年が明け…たのかどうかもわからず新年初日から悪天候でイレギュラーDay
もうこりごりです。ほんとに…
そんなかんじで私が疲労困憊状態だったこともあって、大好きなパパどぅーはまた車で400km運転して名古屋まできてくれたよ!
大輔が冬季講習だから母もさすがに来れなかったけど、姉と祖母も一緒に。
換気扇のお掃除してくれて、久々に海鮮やお肉を頂きまして、温泉でゆっくりして
1泊だけだったけど普段のストレスがすぅーっと抜けていきました
帰る日の朝、コメダで朝食をとっていた時のこと
「そろそろ帰っといで(笑)」
と、父がぼそっと口にしました。
そんなこと言われるとは思ってなくて正直わたしも、まじか。ってなった笑
最初に近い場所で働いてたとして、そこから遠い場所に転職されるより
初めに名古屋に飛び出したぶん、今はもういつでも東京に帰ってきてもいいと遠回しに言われ
終いには「名古屋はもう十分満喫したしな~もう次来るときは引越しのときくらいだな」っておい。←
そしておばあちゃんが言う、「でも東京戻ってきて、しばらくして嫁に行ったら結局また家出ることになってもっと寂しいんじゃないの?笑」と。
これに対して父、母のことは気にしなくていいがやっぱり娘にはいま近くにいて欲しいって。お嫁に行かれるのとは別の話として。笑
あと本音としては、地上にいて欲しいって。
今まで帰省する度、最後家を出るとき父が私にかける言葉は必ず「行ってらっしゃい」だった。
でももうこれ以上送り出すんじゃなくて、私にもっとたくさん「おかえり」って言える毎日がいいんだって。
「転職決めたら連絡するんだぞ。というか羽田ならいつでも帰ってこれるようになるな。そしたら次は品川あたりか。」って堂々と言い放つ父の勢いの良さには圧巻です笑
父は今年で定年を迎える
母もいつどうなるかなんてわからない
あの日からずっと
心の中で1番気にしていたこと
一度自分で決めた道なのに、それを投げ出して東京に戻る選択肢だけは出来ない
10年の陸上競技生活を経て自分は何事も途中で投げ出してこなかった(つもり)のに、そんな生半可な自分の姿を見て両親はどう思うだろう
そう思ってたけど
まっすぐしかない道を愚直にまっすぐ歩くことだけが正解とは限らない、と今なら思う
仕事のミスともかぶる話だけど、気付いた時にはもう遅い、、、そんなことをこれからも繰り返してばっかじゃ命がいくつあっても持たんわ笑
後悔しない2015年にしたい。
今、何が正しいかを探すことより、自分で決めたことに後悔しないことを優先したい
そういうのもありですか。