結婚したら、孤独じゃなくなると思ってた。

でも、結婚しても孤独を感じる。

 

仕事も上手くいって、容姿も良くて、お金もたくさん稼いでいて、

たくさんの友達に囲まれているような人が、

絵に描いた幸せを掴み取っていると思っていた人が、次から次へと自殺。

ニュースを見て、唖然とする。

そのたびに、人は見た目だけでは分からないと痛感する。

本人しか分からない、ひょっとすると本人さえも分からない大きな重荷を背負っていたのだろうと思う。

 

ふとした瞬間に、孤独に襲われる。気づけば涙が頬をつたっている。

人は、結局生まれてから死ぬまで一人なのだ。

両親や兄弟がいても、恋人がいても、愛する人と家族になっても、

子どもができても、人は最初から最後まで一人だ。

だから人間は尊いし、命は地球よりも何よりも重たい。

 

年齢的には母、そして夫が先に旅立つだろう。

それを想像したら、怖くなる。

私が先に天に召されたいと思う。

将来もし、子どもを授かったら?

その子は、こんな不安定な世界で幸せに生きられるのだろうか?と考える。

私は結婚してから、さらに神経質になってしまった。完全に潔癖症だと思う。

汚いのがとにかく無理だ。綺麗かつシンプルじゃないと気が済まない。

そんな状態で、子どもができてやっていけるのか。

悩みだしたら、考えだしたらキリがない。

 

人は死んだらどうなるのか。

死んだらそれで終わりだと分かっていても、何かあるのではないかと考える自分がいる。

なぜ、人がこの世に誕生したのか。なぜ、命に限りがあるのか。

夜、そんなことを寝る前に考えたら、脳内を様々な疑問が駆け巡って覚醒してしまう。

 

そして、私も含めてこのブログを読んでいるあなたも、ものさしを持ってる。

自分の中のものさし。

そのものさしを振り回して、人や物事を判断している。

でも、そのものさしは自分が思っている以上に小さいのかもしれない。

小さいものさしで、人や物事を量っているのではないかと感じる。

 

私が大好きな湊かなえさんの「未来」という小説にも、次のように書いてある。

『人の数だけ、暮らしがあり、人生がある。

他人の人生に自分のものさしを当てて口に出すことは、とても恥ずかしい行為なのだ』と。

しかし、私は自分のちいさいものさしで口に出してしまう。

あなたも、そんな経験が1度はあるのではないだろうか。

 

自分の正論をぶつけても、相手にとっては正論じゃない。

自分の正論が相手も正論だと思うのなら、そもそも口出しする事態になってない。

 

自分の中で絶対に譲れないものは、曲げたらいけない。

だけど、小さいものさしで人や物事を判断する前に、今一度考え直す癖はつけたほうがいい。

 

人間は、孤独な生き物だ。

ふいに襲われる孤独を受け入れ、最後まで責任を持って人生をまっとうしよう。