私は、ひろこ。
独身で38歳ももう半年過ぎようとしてる。
今はファミレスの禁煙席で母と向かい合わせに座って、恒例となっている母の愚痴を黙って聞いている。
母は悪い人では決してないが、何かというと人の文句を言いたがる傾向にある。
主に実の妹のことではあったり、父の母、つまり義理の母のことであったり。
ずっとずっと前からそうだ。
それを聞くたびに私は、いらいらしていたが、私が聞かないことには誰にも聞いてもらえない母を思うと、面倒になって投げ出すこともできない。
最近の私はそんな愚痴もうまく聞き流せるくらいには大人になった。
年齢の割りに子供じみた自分が大嫌いだったけれど、昨年胡散臭い難病になってから霧が晴れていくように私の子供っぽさもきれいに消えていった。
だから、母の愚痴ももう半永久的に聞くことができるくらにはなってきたけど、永久だとしたらそれは無理だ。
その無理が、もう目の前に横たわりつつある。
ドリンクをちびちびと飲みながら、母の口から線路がずっと伸びたように愚痴の電車は走り出して止まる様子はない。
足を組みなおしてじっと聞いていたが、たばこも吸わずにこれを続けるのはおそろしく体力を使う。
結局、私はその暴走列車を止めるためいつもの作戦に出る。
「だからさ、結局きよちゃんは何年たっても自分がいちばん可哀想ってことでしょ。
そんなの変わらないよ。バカバカしい。」
きよちゃんとは母の妹である。
きよちゃんは、過去に不倫の結末として、女の子をひとり産んで、シングルマザーになった。
その娘のゆりちゃんも、去年結婚し今年男の子を出産した。
きよちゃんの過去は簡単ではなかったのだろうけど、不倫して、結婚しようと言われてそれをあっさりと信じて、その男が離婚しなかったなんて、男を見る目がまるでないと思う。
しかも、それがなぜか私に遺伝しているのもなんとも腑に落ちないのだ。
「きよちゃんはいつでも自分がいちばんの被害者で、まわりは加害者って感じなのよ。
そんなことぎゃーぎゃー言われても、知るかって思うじゃない?」
母がまた同じことを口にする。
もう何百回目だろう。
「きよちゃんは、自分で選んだ人生なんだから、それを受け入れて生きなきゃいけないのに、そうじゃないじゃん。
私からしたら、そんな馬鹿な話はないね。
大人なんだからさ。」
母が口にする以上に、きよちゃんを罵ると眉間にしわを寄せて、列車は止まるのだ。
「まあねー。ひろこの言うとおりなんだけどね。」
母がぼそりと言って、この話題はどうにか収束した。
「なんか飲む?コーヒー?」
「うん、あったかいの。」
母が席を立ってドリンクバーに歩いていく。
窓の外を見ると雨が強くなっていた。
秋の長雨でこのところ毎日降っている。
ついこの間まで暑くて、猛暑と連発していたのに、秋の速度は案外と速かったみたいだった。
スマホを持ってでかけるのを忘れたので、今頃彼氏から連絡が来ているかもしれないなと思った。
そしてそれは、かなりの確率で当たっていることもわかっている。
「あら、雨がひどいわね。これ飲んだら帰ろうかね。」

会計を済ませて店を出るとどしゃ降りになっていた。
「寒い、寒い。」
夏の名残でショートパンツとTシャツという格好で出てきた私には、雨が冷たく、風は寒すぎた。
「急いで帰ってシャワー入りなさいね。」
5分も歩くと私の住むマンションだ。
実家からスープの冷めない距離に越してきたのは今年の2月だった。