書き留めておきたかったんだけど、
こんなに時間がたっちゃった
17:05で
じーちゃんが亡くなってから
ちょうど二週間。
もう二週間たっちゃったんだ
って思った。
木曜日の朝倒れて
即脳死状態。
「今日のお昼までもてば
いい方だと思います」
って言われてから
2日間、頑張って生きてくれた。
自慢の強い心臓が耐えてた。
本当に突然すぎた。
ちょっと前から
持病が併発して
よぼよぼになってってるのは
目に見えてわかってたけど
こんな急に
ぽっくりいっちゃうなんて
思わなかったなー。
土曜日まで
なんとか頑張って授業出て、
さーやっと会える!って思って
帰る支度してたら
「今亡くなった」
ってゆうお母さんからの電話。
千葉帰ってきちゃったし、
もしもの事も
覚悟はしてたけど
やっぱり最期は
看取ってあげたかったなぁ。
あたしが家についた時は
じいちゃんも帰ってきてた。
見開いて閉じなかった目も
人口呼吸器押し込まれて
空きっぱなしだった口も
綺麗に閉じて
安らかに眠ってました。
布団がかかってて、
でもビックリするくらい
ぺったんこで、
体どーなってんの?
ってくらい
ガリガリに痩せ細ってた
じーちゃんの体。
透析のせいで
身体中についた
痣のような血の跡も
痛々しかった。
倒れる前の日に、
透析辞めたら俺は死ぬんか
って言ってたらしいね。
本当に辛かったんだろうな。
やっと開放されたんだねって
透析跡さわったら
人じゃないみたく冷たかった。
でもそれでも
全然実感わかなかったな。
葬儀屋の人きてて、
式の時に回想とかやるから
じーちゃんの事
色々教えてくださいって
紙渡されたから
お母さんとばーちゃんと
考えてたんだけど、
幼少期とか、青年期とかの
欄があって
それを見て始めて知る
じーちゃんの事が
たくさんだった(*^^*)
あと、
思い出の写真集みたいなの
作るから、
何枚か写真用意して下さい
って言われて
ずいぶん昔のとか
引っ張り出して見てたけど、
そこには
元気だったじーちゃんが
たくさんいて
なんか心苦しかったなあ。
たくさんたくさん、
じーちゃんとの思い出が
溢れてきた(^_^)
次の日が通夜で、
お昼ごろ納棺だった。
白装束に着替えて、
綺麗にお化粧してもらって、
じーちゃんは箱の中。
たくさんの親戚の人が来て
みんなじーちゃんの顔見て
泣いてた。
それを見て
あたしも泣いた。←
お通夜も無事終わって、
その日の夜は
いーーーっぱい飲んだ!
みんな!
ワイワイうるさかったなぁ。
飲兵衛だったじーちゃんは
喜んでたと思うよ( ̄▽ ̄)
そして、告別式。
もうね、この日は
本当全てが
受け入れられなかったよ。
式が終わって、
最後のお別れですって
みんなで棺の中に
お花敷き詰めてくのね。
じーちゃんの顔見れるのも
本当に最後で、
元気でね、
ずっと見守っててね
大好きだよって。
ってお花添えて
顔さわったり
小さい頃からずっと
一緒にいたから
いないなんて事が
考えられなくて
もう一生顔見る事も
できないなんて
受け入れられなくて
何も考えられなかった。
まだ本当に死んじゃう前から
わんわん泣きわめいてたけど、
そんなあたしを横目に
お母さんは一度も泣かなかった。
普段から
どんなに感動するドラマ見ても
絶対に泣く事のないお母さんが
ボロボロに涙流して
作業着姿のじーちゃんが
思い浮かぶ
ってゆって
泣いてた、無表情だったけど。
それみて私また号泣←
じーちゃん大工さんで、
今住んでるおうちも
じーちゃんが建ててくれたの。
お葬式をやった式場も、
じーちゃんが現場監督
やってたんだって。
自分が建てたとこで
葬式できるなんて
本望じゃんね(*^^*)
焼き場で焼かれて
骨になったじーちゃん見て
それでもまだ
いなくなったってゆう
実感がわかなくて
優しい顔で微笑んでる
遺影を見ると
家帰れば
会える気がして
ならなかった。
二週間たった今でも
実感なんて全然ない( ´`)
だけど、
この何日間の残像と
今までの思い出が
サァーってよぎって
涙が止まらなくなるんだよね
(´;ω;`)
なんかいつまでも
立ち直れない気がする
(´;ω;`)
けど、じーちゃんは
あたしが薬剤師免許を取る事を
心待ちにしてたし
いつでも応援してくれてた
その期待に答えないと
ダメだよね!!
気持ち切り替えて頑張るのだ!
頑張るから
喜んだ顔、見せてね(^^)
!







笑







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