おはようございます。お休みで、ゆっくり起きました。寝起きの室温は16℃くらい、今の外の気温も同じくらい、陽射しで暖かい。
穏やかな日曜日です。
午後から買い物に行くかもですが、ゆっくり過ごしたいと思います。
皆様も、良い日曜日を!
『相手に伝わらなくてもいいんだと思って純粋さをつらぬけば、逆にその純粋さは伝わるんだよ。』

岡本 太郎
「強く生きる言葉」


心からの言動は、心に共鳴する。
相手に伝えようという意識的な言動より、ただただ、心の中からの言動を心がけよう。

『それから、みんなの者に言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。
自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう。」』

ルカによる福音書9章23、24節(口語訳)


人は、それぞれ自分の十字架を背負って生きている。
それぞれの事情があって、様々な職業にも就く。
好まざるとも、人から蔑まれる職業に就かなければならないことだってある。
偏見をもって、あるいは片寄ったステレオタイプで人を判断するのは間違いだ。
人それぞれの事情を熟慮して判断すべきだろう。

例えば、ネットなどで誹謗中傷し、傷つけ、身勝手な自分のだけの正義を振りかざす。
自演、いじめているなど、決めつけて、執拗に口撃を続ける。何をしても、何を言っても、聞く耳を持たず、決めつけ口撃をやめない。
一方、持ち上げる時は、ねじ曲げても持ち上げる。
自分だけの正義、欲望の虜なのだろう。欲望の捌け口として自分だけの都合で人としての尊厳を省みようとはしない…そんな輩が目立つのは残念なことだ。


意図的に犯罪行為をするなどは別にして職業に貴賤はない。
いわゆる社会的に是とされる職業、あるいは社会的地位が高かったとしても、イコール人として、素晴らしい、価値ある人とはならないはずだ。
素晴らしい社長はいても、社長だから素晴らしい人とは言えないことは、言わずもがなだろう。

人として蔑まれるのは、どっちなのだろうか。
職業に貴賤はない。あるのは、人それぞれの貴賤であろう。

私が今、就いている警備員も、ストレスの捌け口のように、暴言を吐かれたり、人として見ない職業とする輩も多いようだ。
私も、55年生きてきて、いろんな人と出会ってきた。
病に倒れたり、苦しく辛い思いも、たくさんしてきた。
私の歩んだ道と似たような道を歩んでいる人との出会いもある。話して、共感することも多々ある。


頑張り過ぎないように、勝たなくていいから、負けないで!
周りが、どんなに冷たくても、心に希望を持ってください!
自分の十字架を負って、これからも前を向いて歩きましょう。今のあなたのままで、あなたは素晴らしいのだから。