我々の力で自分の将来を改革していくことは絶対にできない。

 

だから善も悪も与えられるところにすなおに随順していけば、

 

我々のいたるところに光がある。

 

 

逆境もまた輝きがある。

 

順境逆境は我々の理智で決断できないところである。

 

順逆は如来のみ知ろしめすところで、我々の知るところではない。

 

素直にうけるならば、すべてがみな順境である。

 

 

自分がいいことをなし徳をみがき学を修むとも、結局宿業によることである。

 

最後の往生、ほんとうの涅槃の岸にたどりつくこと、

 

自力の行の力で光をみいだし安心することは、絶対に不可能のことである。

 

 

宿業の自覚にたって自力無効とはっきりおおせられたのである。

 

我々は善だ悪だといってみても、みおんな自分の個人意思をこえた宿業に支配されている。

 

ゆえに自分の力もなにもない。

 

最後のすわりは地獄一定よりほかないと。