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思いつき小説を垂れ流すブログ


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「送ってくれてありがと」


あたしは悠太を振り返った。

悠太は目を見開いて、少し厚めの口を開いた。


「どうしたの?なんか、あれだけど」


あたしは彼の口がもそもそと動くのをじっと見た。

悠太らしい。

こいつの口下手さ、というか言葉の足りなさが

ちょっと心地よくて笑った。


「いつも送ってもらってるし」


そんだけ。

と小さくつぶやいて悠太に手を振った。

今の言葉は、悠太にはどんな風に聞こえたんだろう。

あんな言葉だけじゃ、あいつの心の中なんてわかるはずがない。



悠太はバイト仲間で、特に家が近いってわけでもない。

数か月前にあたしの家の近くで放火騒ぎがあった。

それを知ったオーナーが

ちょうど帰りにその近辺を通る悠太に

あたしのシフトがかぶる日は強制的に送らせるようにしたからだ。

それを2か月経った今でも、あいつはその命令を律儀に守ってる。


実は放火犯はとっくに捕まってるんだけど

あたしはそれをオーナーにもバイト仲間の誰にも言ってない。


悠太と帰るときはほとんどお互いしゃべらない。

ときどき目についた景色について感想を口に出したりするだけだ。

家までの約30分間のゆったりとした静かな時間が好きだった。

この時間がずっと続けばいいと

わざとゆっくり歩いたりすることもある。


悠太が心地よさを感じてるのか、もしくは不快なのか、

そんなこと知らない。

多分、悠太は放火犯が捕まったことを知ってるんじゃないかと

あたしは思ってる。

オーナーに最近、

「放火犯はどうなった?」

って聞かれた時、言葉を濁すあたしを、

悠太がちらっとみてた気がしたから。


でも、なにも言ってこないあいつにあたしは完璧に甘えてしまっている。

エゴだって、頭の片隅で誰かが言うけど

それでも、悠太と一緒のバイト帰りはあたしにはかけがえのない時間なのだ。


悠太ともっとたくさん、他愛のないことや悩みとか、色々話したいと思うけど、

あいつの心の中を知ってしまうのが、不安で仕方なかった。