3月11日。彼が、夜の船で長かった出張からやっと帰ってくる日でした。お正月に離れ離れになってからやっとやっと会える日でした。
それが、2時46分すべてが崩れました。
その頃私は、学校に。地震を感じて、どうかどうか、彼のいるところではありませんように。祈りながらも、あちこちで「東北で地震だって」。すぐに彼に電話をしました。しかし一向につながりません。何度何度かけてもつながらず、ふるえる手で必死でかけ続けました。どうか生きてて。どうか無事でいて。大丈夫だよって声を聞かせて。そう思いながら、かけ続けていたら。一緒にいてくれた友達が、「つながった!」すぐに私に代わり、「生きてるよ」の彼の声。もうあの時の気持ちは言葉に表せません。ただただ泣く私に、彼は、怪我もない。無事だから。と笑って言っていました。いま思うと、彼は笑える状況ではなかったのに、あまりに取り乱す私を少しでも安心させようと頑張っていたのだと思います。彼の優しさにいまだに涙が出ます。その後は、音信不通。つながったことが奇跡だったのかもしれません。丸二日彼と連絡を取ることができず、余震が続く中、彼の安否が心配でたまらず、寝ることもできず食べることもできず、ただただ、携帯電話を握りしめたままニュースを見て、彼からの連絡を待っていました。土地勘のない場所で、一人ぼっちで、水も電気もない、真っ暗やみの寒い中で、お腹をすかせ、どんな思いでいるのだろう。余震で危ない状況にあるのではないか。嫌なことばかりが頭の中をぐるぐるしていました。できることなら、今すぐにいって助けてあげたい。その状況でもいいからそばにいて温めてあげたい。ただ待つことしかできない自分がもどかしく、とても無力でした。
震災から2日後、やっと声を聞くことができました。彼の声は疲れ、しかしながら、私に心配をかけさせまいと、机上に振る舞う彼がとても愛おしく、自分の無力を感じずにはいられませんでした。
ニュースを見ていると、震えるほどに怖くて、そこに彼がいると思うと、怖くて怖くてたえられなかった。
でも、こんなにもたくさんの行方不明者や亡くなった人がいる中で、彼が生きていたこと、それは奇跡であっても真実で、そのことにただただ感謝した。不謹慎かもしれないけど、あんな悲惨な状況の中で彼が助かってよかったと。
お願いだからもう何も起こらないで。これ以上涙を流す人を見たくない。
夢であってほしい。朝目覚めたときに、祈りながら目をあける。だけど、テレビをつけると現実。
これが、現実だなんて信じられない。こんな悲惨な状況が現実なのか。そう思いながら、震災と向き合うことが怖くて目をそむけてしまいそうになる。だけど、受け入れて、今自分のできることをやらなきゃいけない。何も影響のない私が、不安がって下を向いている場合じゃない。顔をあげて前に進まなきゃと思う。たくさんの人が、救助に向かい、支援を送り、さまざまな対策を考え、ライフラインの確保に必死になっている。東北電力の社員たちも寝る間を惜しんで、危険を顧みず、見えない敵と予測できない事態に戦っている。
世界中からも支援の手が向けられ、世界中が一丸となって日本を立て直そうとしている。
今、日本をはじめ、世界中の人々の優しさを感じている。目で見る耳で聞く、人間の温かさが体中をめぐり心に響く。人のパワーってすごい。
どうか、お願い。これ以上被害が大きくなりませんように。神様、聞いていますか。見ていますか、この悲惨な状況を。これ以上涙を流させないで、どうか一人でも多くの笑顔が見られますように。
これからの復旧はかなりの時間がかかると思う。だけど、今こそ人間の底力を。絶対に負けない。
絶対に逃げない。そして、震災によって感じた人のぬくもりを一生忘れない。後世にも受け継ぐ。日常を送れることに感謝する。物が有り余る今だからこそ、改めてその大事さを忘れずに。
生きよう。
必ず、光がさすから。笑顔でいられる日がいつかきっと来るから。
頑張って今を戦おう。