私の愛読書マークピーターセン著『日本人の英語』を読み返していたら、こんなところが目についた。
以下引用
「このような「流れ」あるいは「言葉の順序」の問題は日本人にとっての「最後の問題」考えてもよいだろう。一応文法と単語の困難を克服した上で、自分の言いたいことが全体として通じるように、最後の段階としてこの「流れの問題」に直面しなければならないのである。 (中略)
しかし、日本語の構成にこだわりながら書こうとすると、これほどの英語が出るはずがないと思う。最後の問題として「英語の流れ」に熟達しようとするなら、なるべく日本語から頭を追い払って、英語を英語として考えるしかないような気がする。むろん、日本語の環境の中で生きていながら日本語を追い払えといわれても、そう簡単なことではないのはよく分かる、しかし、やってみれば、それだけの価値のある、面白くメンタルな刺激もあると思う。」
この英語の順序というのは語順をはじめ会話文章構成の流れも含まれる。 私も日本語で物事をあれこれ考えていて、そこから英語を話そうとすると言葉が出なくなったり、何を言っているか分からない文章になってしまうことがあり、そういうときは意識的に気持ちを切り替えてもう一度英語を直すという作業をすることもある。ずーっと英語の会話スタイルやパラグラフ構成などなど。。。そんなことを最近考えているときにこの部分を読んでハッとした。やっぱり、日本語の構成にこだわりながら話そうすると英語的発想はむずかしい、英語を英語として考えることなんだな、と。
まるで映画の字幕や吹き替えを変えるように、英語を話すときは「英語用」に切り替え、日本語を話すときは「日本語用」に切り替える。でも実際はいつもすべて完璧に切り替えがうまくいくとは限らない。
それにはもっと練習が必要だとおもう。
バイリンガルになるは6歳まで、他説だと12歳までに二言語環境に馴染ませる必要があると聞いたことがある。もともと小さいときから二言語環境で育った人はもう自然に二言語間の切り替えができているかもしれないが、私は純日本環境で育ってきたので、やっぱり意識的に日々訓練を重ねることが必要だとおもう。
ピアノの練習は一日でも休めるとうまく弾けるようになるのに戻すのに何日もかかると聞いたことがある、油断していると私も日⇔英の切り替えがうまくいかなくなる。そして一度スランプに陥ると戻すまでに時間がかかる。日本語にどっぷりつかりすぎると英語的発想ができなくなるし、英語につかりすぎても今度は日本語のフレーズがすっと出てこなくなる。やっぱりどちらも私にとって必要だからバランスを保つことが大切だとおもう。ひとつの方法としてこうやってブログを書くことは日本語の発想を忘れないようにするのにいい方法だと思う。しかし最近日本語を使いすぎているので英語のコミュニケーションを増やていかなければ。。。。バランスを保つって大変。。。。日本語と英語ってそれだけ文化も文法構成つまり思考構成も違う言語だと日々思わされている。
ところでこのマークさんという人はすごい、この本を英語じゃなくて日本語で書いたそうだ。たくさん日本人が書いた英語を直したり教えたりした経験をお持ちで、日本人がつまりやすい文法の説明とか分かりやすく書いてあって、実際私も留学中にぶち当たった文法問題が説明されていたりして、留学前に見つけて読んでおきたかった。マークさんは日本を熟知した上でアメリカ人の立場で書いているので説得力がある。でもアメリカで暮らさなかったら、または留学前に読んでもマークさんの言っていることは半分もわからなかったかもしれない。自分の経験値によって何度読み返しても新しい発見がある。
この本おすすめです。




